上越で「棚田米」をつくる

新農法確立のための現地実証試験

東京農業大学 農学部 農学科(ポストハーベスト学研究室) 助教授 

馬場 正(ばば ただし)

主な研究テーマ:「果物、野菜、花の収穫後寿命を左右する生物的ならびに環境的要因に関する研究」

著書:「図説園芸学」共著(朝倉書店)、「栽培学−環境と持続的農業−」共著(朝倉書店)

 遠くに霞む佐渡を背に、桑取川沿いの道を車で少し上っていくと、小さな田んぼが何枚も段を重ねている。海に近いはずなのに山間という意識の方が優先する。2004年、初雪の便りが届く前にと急ぎ敢行した堆肥まきが、私達が取り組むここ桑取地区での水稲有機栽培の最初の作業となった。

学術フロンティア共同研究「新農法確立のための生物農薬など新素材開発」は、2004年度から第2期を迎え、第1期5年間の研究成果を普及するための現地実証試験を、インドネシア、ベトナムをはじめとする世界各地で始動した。化学合成資材に代わる、環境と健康にやさしい資材を用いた農業システムの構築を目指すというのがプロジェクトの主旨であり、とくに第2期では、新技術の開発にとどまらず、それをどれだけ水稲、野菜の生産現場に普及させていくかが焦点となっている。このうちわが国の水稲栽培は、新潟県上越市桑取地区を中心に繰り広げていくことになった。

今年の秋以降、一人でも多くの方に、一粒でも多くの「くわどり棚田米」を味わっていただきたいと強く願っている。

上越市桑取の立地条件

上越市は米どころとして知られているが、1枚で1ヘクタール以上にも及ぶ大規模な田んぼは東部の平場に集中しており、桑取地区のある上越市西部は、棚田の続く典型的な中山間地に属する。場所によっては国内の他の稲作産地と同様、水稲栽培の持続性そのものが危ぶまれており、耕作放棄地が50%を越える集落もある。

自然条件からいえば、4月半ばまで雪が残るほどの豪雪地帯にあるものの、独自の水源を有している点で、水稲有機栽培を始めるには好条件であった。

雑草との闘い

わが国における水稲有機栽培において、育苗技術、虫害防除技術など、技術として発展途上のものも多いが、間違いなくすべての田んぼで直面するのは、雑草問題である。慣行栽培では除草剤が使われており、その開発によって除草作業時間は25分の1までに減少したという。価格も10アールあたり数千円で済む点も普及に貢献した。

除草剤に代わる技術として、何を採用するか。某農業雑誌のタイトルから拾っただけでも、「不耕起乾田」「深水」「米ヌカ、クズ大豆」「アゾラ」など、枚挙にいとまがない。しかも、それぞれが、それなりの効果をあげている。それではと、今度はそれぞれの技術の普及率を示すデータを探してみたが、こちらは意に反して見当たらない。(注1)

そこで2005年作付け1年目は、できるだけ多くの除草方法を比較検討してみた。それぞれ特徴があり捨てがたい魅力もあったが、除草効果としてすぐれた結果が得られたものは、再生紙マルチシートの敷設、除草機の導入、アイガモ放飼の3つであった。

3つの除草方法の特性

再生紙マルチは、ダンボール古紙等から薬剤を使用しないで製造されたシート(活性炭入りで黒色のものが多い)を田面に敷きつめて雑草を抑制する方法である。種籾がシートに貼り付けてある直播タイプと、シート敷設と同時に苗を移植していくタイプ(表紙裏写真2参照)がある。シートは敷設後50日前後で見かけ上分解・消失する。問題となるのはコストだが、10アール当たり直播タイプで3万円台、移植タイプで2万円台であり、除草剤とは一桁違う。収量が確保できたと仮定して単純計算すると、1s100円程度高く売れれば十分採算のあう金額ではある。

除草機は、乗用式、歩行式があり、田んぼの大きさなどに合わせて選択できる。条間だけでなく株間も除草できるタイプの機械が開発されている(図1)。田んぼの雑草状態にもよるが、田植え後2週間程度までに1回、その後も2回ほど導入するのが標準的である。導入のタイミングさえはずさなければ、大きな除草効果を発揮する。

アイガモは、発生した雑草を直接摂取するほか、水面下の水かきによって水を常に濁らせ、新たな雑草の発生を抑える(図2)。さらにイネミズゾウムシのように、薬剤以外に有効な防除法がなく収量を激減させてしまう害虫を摂食してくれる。10アールあたり15〜30羽が適当といわれるが、餌を過剰に与えると窒素過多になり、米粒品質の低下の恐れがでてくる。

2年目の取り組み

このように1年目は、あまたある除草技術の中から、3つの方法を選抜した。2年目の今年は、プロジェクトメンバーが直接管理するデモファームを56アールまで大幅に増やした。

安定した収量を確保しながら、おいしいお米を、できるだけ省力的に生産するため、ク直播タイプの再生紙マルチにおける鳥獣害防止策の検討、ケ移植タイプの再生紙マルチの機械による実演、コ米ヌカ散布を組合せた除草機導入回数の減少、サ減反田における緑肥作物の導入、シカバークロップによる畦畔管理の省力化、などのテーマに取り組んでいる。一言でいえば、一つひとつの技術の精度を、確実に上げていくことである。

現地協力農家とともに

また、昨年からの大きな変化は、全部で8戸の農家が、合計71アールにおいて、水稲有機栽培に取り組み始めてくれたことである。直播タイプの再生紙マルチが3戸、除草機の導入が4戸、アイガモ放飼が1戸。地域農家からの申し出があったことは望外の喜びであったが、1戸当たりの導入面積は10アールに満たない。1戸あたり最低でも40アール程度まで導入されるような魅力ある技術をデモしなければ、と思っている。いずれにしろ5月から6月にかけてすべての春作業を終え、水稲は順調に生育しはじめている。

プロジェクト1年目は、いきなり野天に放り出されて右往左往であったが、現地農家の温かい励ましと、現地駐在の佐伯裕一氏(2005年農大卒)の活躍で、なんとか乗り切ることができた。2年目の今年、現地駐在員も1名増え(小泉和弘氏、2006年農大卒)規模拡大に対応している。フィールド研究というにはおこがましいが、現地での問題点の克服を目指して対策を考え、あくまで現場で検証していくという姿勢を貫いている。

経営形態に即した見取り図を

水稲有機栽培は、雑草害、病虫害などの危険と常に隣り合わせである。一つひとつの技術の精度をあげるだけでは、これらのリスクに対処するのは恐らく難しい。いくつかの技術の組合せとバランスを考えることで、リスクをできるだけ回避する方策を確立していくしかないだろう。今年も1枚平均4アールほどの比較的小さな田んぼで栽培を行っているが、このような棚田においてもし合計1ヘクタール程度の面積で水稲有機栽培を行うとしたら、どのような技術の組合せがあるのだろうか。またもう少し1枚の田んぼが大きく合計10ヘクタール程度の面積で水稲有機栽培を行うとしたらどういう組合せがあるのだろうか。

それぞれの技術をブラッシュアップするとともに、田んぼの面積や、作業配分、コストなどあらゆる条件を想定した上で、最適な技術、あるいは複数の技術を組み合わせていく。さまざまな経営形態に即して、技術の組み合わせの見取り図を描けるようになることが、今後の課題である。



(注1)水稲有機栽培において、雑草対策としてどのような方法が採用されているかについて、2005年に新潟県における有機JAS認定事業者に対してアンケート調査を行った。その詳細は本年10月刊行予定の藤本彰三・松田藤四郎共編『代替農業の推進』(東京農大出版会)内の岡部繭子ら「日本における有機米栽培の技術的課題」(いずれも仮題)を参照下さい。

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