参加協働型風景づくりの試み

農大エクステンションセンター
巻機山麓の景観整備に取り組む

 

東京農業大学地域環境科学部 造園科学科教授(自然環境保全学研究室/観光レクリエーション研究室)
麻生 恵(あそう めぐみ)

専門分野:自然公園計画・風景計画、研究テーマ「尾瀬の適正利用に関する研究」「名勝棚田の保存管理計画」など、
     国土審議会専門委員、藤沢市都市景観審議会委員などを務める

「人口減少社会」に移行しつつある今、国土環境の管理や整備においても、経済成長期にはみられなかった様々な問題が発生している。しかし、その一方で、安定した成熟社会へ向けて、これまでとは大きく異なる施策も検討され始めている。その現場レベルでの試みのひとつ、「参加協働型風景づくり」について報告する。

人口減少社会の課題

人口減少に伴う現象としては、例えば、市街地の縮小(都市の縮退)が近い将来始まり、都市周辺地域では未利用地が増えていくことが危惧されている。実際のところ大都市郊外の多摩丘陵に位置する多摩ニュータウンにおいては、宅地造成は行われたものの住宅の建設が計画通りに進まず、放置されたままの土地が各所でみられる。さらに、新たに里山を切り崩し、ニュータウンの拡大整備を進めようとした当初の計画が白紙撤回されるという事態も発生している。
  一方、地方の中山間地域においては、過疎化・高齢化が益々深刻化し、山林や農耕地(いわゆる二次的自然)の管理放棄地が年々増大している。かろうじて維持管理されている集落近くの耕作地も、荒廃状態に陥るのは時間の問題である。このままの状況が続けば、中山間地が担ってきた国土保全や水源涵養、そして景観保全といった機能は大きく損なわれることになる。

新しい地域づくりの可能性

 これらの状況変化を危機とみるか、好機とみるか、様々な見方ができるところであるが、後者の視点に立つならば、従来の状況下では不可能であった様々な計画が実現する可能性も出てくる。例えば、大都市の郊外に大規模な緑地を確保することは、高地価の状況下では大変難しいことであった。ところが、市街地の縮小という流れの中では比較的簡単にそれが実現できる可能性が出てくる。しかも、ここ数年議論されている「生態系ネットワーク」の構築や循環型の環境システムの形成、さらには新しいレクリエーションゾーンの創出などに配慮しながらそれらを整備したり、美しい郊外の風景をつくるといった今日的課題の解決も同時に期待されるのである。
 安定成熟社会においては人々の余暇時間も増え、国民(市民)の中で新たな意識の変化も生まれている。例えば、豊かな自然環境の保全(生物多様性に満ちた共生社会の実現)、美しい風景の整備、地域性(個性)豊かな文化の創造、地域づくりへの参画などへの関心が、かつてなかったほどの高まりをみせている。団塊の世代が一斉にリタイアし、こうした動きにさらに拍車がかかるであろう。
 このような社会背景の中で、最初に述べた国土環境に関する新しい施策が議論されている。注目すべきは、大都市内外の土地利用の再編論議などと並んで、「国土の国民的経営」という考え方が出てきたことである。すなわち、人口減少や土地管理の担い手不足による国土の管理水準が低下しつつあるという状況に対して、従来の土地所有者や農林業従事者などに加えて、環境保全や景観保全など国土のあり方に関心を持つ市民(ボランティアやNPOなど各種団体を含む)や企業、行政など多様な主体の参画を得ながら、それぞれが様々な方法によって総合的に国土の管理・維持に協働・参加できる体制を整えようという方策である。

 

「参加協働型風景づくり」とは

 その現場レベルでの代表的な方法の一つが、いわゆる参加協働型(ワークショップ型)といわれるものである。具体的には、地元住民(土地所有者や農林業従事者など第一の主体)に加えて、外部の人々(その地域に関心をもつ個人や団体など第二の主体)、さらに地元行政やその委託を受けた専門家(直接・間接的に施策や事業の責任を有する第三の主体)などが一緒になって、@地域環境の価値や魅力に関する共通理解を深め、A将来目標や課題を明らかにし、B目標達成(実現)の方法(各主体の役割分担や行動)を議論し、C可能な部分から実施に移す。これら一連のプロセスを段階を踏んで少しずつ実施していく。
 これを「風景づくりの方法」という観点からみるならば、景観プランナーやデザイナーなどの専門家が先ず土地利用計画図や設計図を作成し、それに基づいて行政なり業者が整備していくという従来型に比べると、その方法は大きく異なっている。従来の専門家以上に、第一、第二の主体の意欲的な関わりが必要になる一方で、専門家には各主体の事業プロセスへの関わり方や社会経済システム(ソフト面)の扱いに関する能力など総合コーディネーターとしての技量が要求されてくる。いずれにしても、今後はこうした能力とセンスをもつ専門家および市民が必要とされるのである。

 

景観整備ワークショップ

 農大エクステンションセンターの平成18年度後期プログラムでは、新しい試みとして参加協働型風景づくりに関する3つの講座を実施した。その背景や目的として、一方的に講義を受けるだけでは満足しない人生経験豊かなベテランの受講者が増えてきていること、農大学生には地域と関わりながらワークショップのセンスと能力を身につけてほしかったこと、地域の方々が抱える問題や課題解決に直接参画することにより学内の講義では体験できない思わぬ成果が期待できること、活動した成果が直接地域貢献につながること、などがあった。
 その一つ「巻機山麓・清水の自然探勝と景観整備ワークショップ」の事例(1泊2日)を紹介したい。新潟県南魚沼市の南東部に位置する清水地区は過疎化・高齢化に悩む典型的な中山間地域の集落である。日本百名山に選定された巻機山の登山客を相手とした民宿が数軒営まれているが、交通事情の改善等により日帰り客が増え、宿泊客は年々減少し、集落の活力も失われ先細り状況にある。
 初日は、社会人受講者、学生受講者、地元住民(主に民宿経営者)の3者が一緒になり、地区内の自然探勝をしながら、地区の魅力を発見し、課題を学び、認識を共有した。夜は、地域資源を活かした地区の活性化の方法について議論、ここで人生経験豊かなベテラン社会人受講者から様々なアイディアや実務経験にもとづく具体的な方法が次々と提案された。翌日の午前中は、草刈りなど荒廃した棚田の整備作業を皆で実施し、外部の人間による地域支援(労働支援)の実際を地元の方々に実感してもらった。

 

地元との絆を大切に

 こうした一連のプロセスを通して、外部の参加者は清水という地区に愛着が生まれ、地元の方々との絆も次第に深まっていった。最後の検討会では、集落内組織の結束力不足から活性化への取り組みに自信が持てず躊躇していた住民が、一転して取り組みを決意したのであった。こうした住民の活動を応援すべく来年度も第2回目のワークショップ開催を約束し、参加者全員が大きな達成感を得て終了したのであった。
  このような方法は時間と労力を要するが、これからの地域づくりの重要な方法の一つとなっていくに違いない。

 

×CLOSE