アジア東岸域の持続的発展を

戦略的研究基盤形成支援事業
東京情報大、衛星観測網を整備

 

東京情報大学総合情報学部環境情報学科(地理情報システム研究室)教授
浅沼 市男(あさぬま いちお)

1954年福島県生まれ。千葉大学大学院工学研究科修士課程修了、工学博士。

専門分野:衛星海洋学

主な研究テーマ:植物プランクトンの基礎生産力に関する研究

東京情報大学を中核とするプロジェクト「アジア東岸域の環境圏とそれに依存する経済・社会圏の持続的発展のための研究拠点形成」(研究代表=新沼勝利学長)が文部科学省の平成20年度私立大学戦略的研究基盤形成支援事業に選定された。これを受けて、東京情報大学と東京農業大学の教員を中心とする研究プロジェクトチームが結成され、平成20年度から平成24年度までの5カ年計画の研究に着手した。研究の目的、観測体制の整備などについて概観したい。

網走と宮古にも受信システム

地球観測衛星のデータを利用して、アジア東岸域の大気圏、陸圏、水圏の環境変動をモニタリングし、最終的には経済・社会圏の持続的発展をもたらすための社会システムを提唱するのが狙いだ。

現在、東京情報大学(千葉市)では、MODIS─NPP対応型の衛星データ受信システムが稼動している。校舎屋上に設置されたパラボラアンテナによって、午前中に北極から赤道側へ下降軌道を飛行するTERRA(テラ)衛星と、午後に赤道側から北極へ上昇軌道を飛行するAQUA(アクア)衛星を選択的に受信している。同様のパラボラアンテナを含むMODIS─NPP対応の衛星データ受信システムを、平成20年度に東京農業大学オホーツクキャンパス(網走市)に、平成21年度に東京農業大学宮古亜熱帯農場(宮古島市)に、それぞれ設置する。

東京情報大学、オホーツクキャンパス、宮古亜熱帯農場の3つの受信システムにより、それぞれ観測可能な範囲を図に示した。観測範囲は、南シナ海東部から、東シナ海、日本海、オホーツク海と、ベーリング海西部までの海域と、その周辺のアジア東岸域である。現在は、東京情報大学において、平成21年度からの3つの衛星受信システムによる新しい観測体制では、受信システムごとに衛星データ受信の優先順位設定を行い観測機会の向上が可能となり、アジア東岸域の環境観測データの頻度の高い準リアルタイム提供と、高密度のデータベースの構築が可能となる。

大気圏、陸圏、水圏の観測

 本研究において受信するMODISとNPP搭載のVIIRSの特色は、MODISが36バンド、VIIRSが22バンドと、多くの観測波長帯域をもつことである。資源探査衛星搭載のセンサー等が4バンドから8バンドの観測波長帯域をもつのに対して、非常に多くの観測波長帯域をもつ。これは、可視波長帯域から近赤外波長帯域にわたり、大気圏、陸圏、水圏の利用目的に応じ、地表面物体の分光放射特性を詳細に観測可能であることを意味する。

MODISの空間分解能(地上の物体をどのくらいの大きさまで見分けられるかの能力)は、資源探査衛星搭載センサー等のそれと比較すると、低めであるが、その一方で、MODISの観測幅は約2,000kmであり、資源探査衛星の100〜200kmの観測幅と比較すると、10〜20倍の領域を一度に観測可能である。また、同じ場所を観測する周回帰日数も短く、同地点をほぼ毎日観測可能である。

さらに、静止気象衛星搭載のセンサーは、30,000km上空から広範囲を定常的に観測可能であり、空間分解能も1,000mとMODISと同等の機能をもつ。しかし、静止気象衛星搭載センサーの観測波長帯域は限定され、気象観測のみを目的とし、MODISとは大きく異なる。また、極軌道を飛行するTERRA、AQUA、NPPは、高緯度域においても低緯度域と同様の空間分解能をもち、アジア東岸域に沿って等密度の観測が可能であり、観測波長帯域を合わせ、静止気象衛星とは全く質の異なるデータを提供する。

地球の環境変動が背景に

MODISは、アジア東岸域の広域を多くの観測波長帯域において観測し、大気圏、陸圏、水圏の様々な情報を提供する。たとえば、偏西風に乗り中国大陸から日本へ飛来する黄砂は、MODISにより観測可能な現象である。さらに、陸域の植物の分布状態を広域に、かつ、同時に観測可能であり、2波長による植生指数あるいは複数波長による植生の被覆分類などの観測が可能である。また、水圏においては、海水中の植物プランクトンの現存量の指標となるクロロフィル-a濃度分布、河川から流入する陸起源の有機物の指標となるCDOM(有色溶存有機物)の濃度分布の観測が可能である。いずれも、MODISの観測波長帯域を生かした観測項目である。

MODISにより観測される自然環境の各種のパラメータは、黄砂と同様に偏西風の影響を強く受けるものであり、アジア東岸域の環境変動が日本へ伝達されるが、多くの場合は気候変動の一つとして観測される。しかし、近年話題となってきた地球温暖化傾向に見られるように、長期間にわたり、じっくり変化する地球の環境変動が背景にあることを否定できない。

大陸内部の植生変動も

黄砂の発生地域である中国大陸内部の植生変動は、地球温暖化傾向と気候変動の組み合わせによる環境変動が一因であり、また、植生変動に応じた生産拠点の変更など、経済・社会圏への影響も見られる。黄砂発生に至らないまでも、樹木の伐採と農地の開墾は、経済・社会圏の要求に基づくところが第一要因であるが、その背景には地域ごとの降水量など自然現象の環境変動が因子となって、経済・社会圏の活動へ影響を及ぼしている。

さらに、水圏において観察される植物プランクトン現存量の変動あるいは海水温度分布の変動は、漁獲高の変動として水産業へ直接的な影響を与える。水圏の環境変動は、エル・ニーニョあるいはラ・ニーニャのような赤道直下の気候変動が最も大きな要因であるが、地球温暖化傾向にともなう極域の雪氷の融解などの環境変動も別因子として機能している。

中国長江の中流に建設された三峡ダムは、夏季の洪水を制御する治水機能をもち、沿岸域の農業の展開に大きな影響をもつと同時に、東シナ海へ流入する河川水の水質を変え、大きな環境変化をもたらしている。このような人為的な環境操作は、経済・社会圏への影響のみならず、自然環境へも大きな影響を与え、MODISにより観測されるまでの広範囲な現象となっている。

安全な社会システムを提言

本研究においては、MODISと今後打ち上げ予定のVIIRSによる観測データのネットワークを生かし、アジア東岸域の環境変動に注目し、経済・社会圏のデータを含めたネットワーク解析から、環境変動のペースメーカを見出す。このペースメーカは、自然環境の変動そのものである可能性があると同時に、経済・社会圏の活動そのものである可能性も考えられる。

特に、自然環境変動と経済・社会圏の変動に見られる各種現象の相転移過程の可逆的あるいは非可逆的変動の見極めは本研究の重要課題であり、我々の自然環境と経済・社会圏の安全を確保するための社会システムの提言となりうる。

研究過程において収集される環境に関する衛星観測データ、その他の観測データ、経済・社会圏において見出される統計データ等は、地理情報システム空間を活用し、レイヤー単位の基礎データとしてWebを通して定常的に発信する。また,自動的に検出される大規模な環境変動現象については、分かり易い情報の可視化を図り、Webを通して地域社会への情報伝達を試み、社会貢献の道を模索する。

 


脚注:

MODIS:中解像度画像放射計。MODISは米国NASAの地球観測衛星テラとアクアに搭載されるセンサーである。36波長帯域の観測が可能で、陸域、海域、大気圏、雪氷圏にわたる多目的観測センサーとして利用される。600kmの高度を飛行し、日中に2回から3回の観測が可能である。

NPP:NPOESS準備プロジェクト。NPPは、テラとアクアに続く地球観測衛星計画であるNPOESS(米国極軌道実用的環境衛星システム)の準備段階の衛星観測計画である。MODISを継承するVIIRS(可視近赤外走査計)が搭載される。


<私立大学戦略的研究基盤形成支援事業とは>

文科省が平成20年度から実施する支援事業。先端的な研究で、今後の発展が期待できる事業など、各大学が特色を活かした研究を実施するための研究基盤形成を支援する事業で、今年度は98事業が選定された。

東京農大では、大澤貫寿学長を研究代表者とするプロジェクト「革新的ゲノム情報解析を用いた生物資源ゲノム解析と農学新領域の拠点形成」が選定された。

 

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