キチンと紙

キチンとセルロース

中西 載慶 教授東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授 

東京農業大学前副学長。醸造学科食品微生物学研究室。応用酵素学、バイオプロセス学。

東京農業大学第一高等学校・中等部校長。

中西 載慶(なかにし ことよし)

主な共著:

『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

キチンは、カニやエビなどの甲殻類、タコやイカなどの頭足類、貝類、昆虫類、微生物など多くの生物に含まれていて、それらの生物が自らの身を守るために、細胞組織の構造を硬く強く維持するための役割を担っています。そして、キチンの化学構造や性質は、植物体におけるセルロースとよく似ています(本誌1月号参照)。セルロースは、ご存知のように、紙や様々な繊維製品に利用されていますから、当然、キチンでも同様の利用が考えられます。特に、キチンやキトサンは、抗菌効果、消臭効果、保湿効果などがあるので、それらの特性を生かし、様々なキチン、キトサンを含む繊維製品が開発されています。例えば、抗菌効果を生かした医療ウエア、抗菌性、消臭性、保湿性を生かしたアトピー性皮膚炎や敏感肌対応の下着や肌着、その他、スポーツウエア、ベビー用品、寝装品などにも利用されています。また、キトサン繊維には、風合いの良さ、染色性の向上、長期間の色調保持効果なども認められていることから、シックハウス症候群対応のカーテンやカーペットなどの製品にも応用されています。これらの多くは、従来の木綿、アクリル、レーヨンなどの繊維に様々な方法でキチンやキトサンを加えた複合繊維として用いられています。
 一方、キチンやキトサンの紙パルプへの利用に関する特許も多数出願されています。キチンやキトサンだけで紙を製造することは困難ですが、通常のパルプや和紙原料に混合して、特色ある紙が作られています。また、通常のクラフト紙や和紙の表面にキチンやキトサンをコーティングすることにより乾燥強度や湿潤強度、耐水性や耐油性などが向上することから様々な紙の改良や改質に利用されています。ちなみに、ある種のカビは強靭な繊維状の菌糸を伸ばして生育します。菌糸の主成分はキチンですから、カビの菌糸をそのまま使って紙をつくる研究も進められています。一方、セルロースをつくる細菌もいて、微生物による紙の製造は興味ある研究課題ですが、コスト面のクリアーが最大の難関です。
 ところで、紙(ペ−パ−)の語源は、パピルスという草の名前に由来しています。紀元前3000〜2500年ごろの古代エジプト時代に、この草の茎の芯を薄く削り取り重ね合わせて、水をかけ、重石を載せ、表面を石や象牙で擦って平坦にして乾燥させ、シート状にして紙のように用いられていたようです。しかし、現在の紙の製造法の起源は、中国とのことで、中国4大発明(火薬、羅針盤、印刷術、紙)の一つに数えられています。その方法は、植物繊維やその他の繊維を極めて細かくして水に分散させ、それを網やスノコや簾でいてシート状にして脱水乾燥するものです。基本的には、現在の紙も同様の原理によって作られています。なお、以前は、紙の発明者は(西暦100年頃)といわれてきましたが、蔡倫以前の中国に既に紙は存在していたとの説もあります。それゆえ、現在では、蔡倫は、発明者というよりは紙製造法の改良者、製造法の確立者ともいわれています。
 日本は紙の生産量、世界第3位、1年間に世界平均の4倍もの紙を消費しているとのこと。紙は文化のバロメータ。とはいえ、消費の増大は、森林伐採、環境破壊につながります。より一層のリサイクルの促進とセルロースに代わる新たな紙原料の開発が急務と思うのです。最近の若者は、活字離れ、車離れ、酒離れ、ブランド離れ、とのこと。活字離れはなんとか止めたい。酒離れは、醸造学を教える身としてちょっとさびしい…。キチン・キトサンこれにて終了。次号につづく。

 

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