カルシウムとチーズ

醍醐は幻の乳製品

中西 載慶 教授東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授 

東京農業大学前副学長。醸造学科食品微生物学研究室。応用酵素学、バイオプロセス学。

東京農業大学第一高等学校・中等部校長。

中西 載慶(なかにし ことよし)

主な共著:

『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

カルシウムは、日本人の食生活においては不足しがちなミネラルといわれています。その必要量は成人で1日平均600〜700mgですが、骨粗しょう症の予防や妊娠中あるいは授乳期の母親では、それ以上の摂取が必要とされています。特に、妊娠中は、母体から胎児に約30gものカルシウムが移行し、授乳時には、1日200mg以上が母体から失われるとのことです。カルシウムは、乳製品、大豆、魚介類等に多く含まれていますが、人体への吸収率は、乳製品が最も優れています。食生活に、牛乳、ヨーグルト、チーズなどの乳製品を多く取り入れることをお奨めします。

チーズは、単にカルシウムを多く含む優良食品であるばかりでなく、その製造においてもカルシウムが重要な働きをしています。そこで、その話を少しばかり。チーズ製造の概略は、1,殺菌した牛乳に乳酸菌を加え乳酸発酵する 2,レンネットとよぶ牛乳を固める酵素(凝乳酵素という)を入れかき回す 3,牛乳中のタンパク質が凝集して不溶物となって沈殿する4,沈殿物を型などに入れて余分の水分を除く、の順序です。この工程の最後の固形物がフレッシュチーズ、それをカビや細菌などで熟成したものがカマンベール、ゴーダ、チェダーなど多くの種類のナチュラルチーズということになります。ところで、凝乳酵素レンネットとは、タンパク質を分解する酵素の一種ですが、なぜ、その分解酵素で牛乳が固まるのでしょうか? 牛乳中にはタンパク質が約3%含まれていて、その80%は、リン酸やカルシウムが結合したカゼインとよぶタンパク質です。このタンパク質は沢山集まって目には見えない小さな粒子状1)となり、それが無数牛乳中に浮かんでいるのです。この粒子状のカゼインタンパク質に凝乳酵素を加えると、その一部2)が切断されます。すると、当然粒子状の構造が崩れ浮遊力が失なわれ、それを引き金に構造の変化した無数のカゼイン粒子がカルシウムイオンを介してどんどん集まり巨大化し、牛乳中の脂肪球や水分を抱え込みながら凝集沈殿するのです。従って、チーズはカルシウムを含むタンパク質と脂肪の固まりみたいなものなのです。勿論、熟成中に味や香りに関係する成分が生成され、更に美味しくなるのはご存知のとおりです。ちなみに、牛乳が白く濁ってみえるのは、無数のカゼイン粒子に光が当たり、乱反射しているからです。また、凝乳酵素は、古くは仔牛の第4胃から取り出していました。現在では、微生物からつくられていて、その経緯と話題は尽きないのですが、詳しいことはいずれまた。

日本でも、奈良・平安時代にチーズ様の乳製品が作られていたようです。牛乳を煮詰めて熟成させたもので、その製造過程の順に、酪、生蘇、熟蘇、醍醐と区別されていたとのこと。この醍醐が最も高級で美味なものとされており、現在のチーズのようなものではなかったかと推定されています。しかし、詳細は不明で、幻の乳製品です。現在、最高、至高、究極などを意味する醍醐味という言葉の語源はここから来ています。

ワインの美味しい季節です。ボジョレーヌーボーも解禁間近。休日の昼下がり、チーズとワインとフランスパンで楽しい雰囲気を味わってみてはどうでしょう。夜は、サンマで和食がいいな! 次号ミネラルの話まだつづく。

 

1)カゼインミセルという
2)タンパク質を構成する105番目のアミノ酸フェニルアラニン106番目のメチオニンの結合が切断される。

 

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