隠元禅師がなずけ親

トコロテンは寒天の母

中西教授東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授 (醸造学科食品微生物学研究室)

前副学長

中西 載慶

主な共著:

『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

寒天といえばトコロテンを連想しますが、トコロテンは中国生まれ、寒天は日本生まれですから、その歴史には興味深いものがあります。トコロテンはテングサを天日干しと洗浄を繰り返した後、大鍋で煮沸、ろ過して得られた粘質性の溶液を冷やして固めた食品です。奈良時代の正倉院の木簡にその記録が残っているとのことですから、製法は中国から伝わり、今日まで食されてきたものと思われます。ところで、トコロテンという呼び名も、それを漢字で心太と書くのも不思議ですが、奈良時代にはトコロテンを心天と記し、「こころてん」あるいは「ところてん」と呼んでいたという説があります。また、最初「こころぶと」と呼ばれ「心太」の漢字があてられ、それが転じて訛って「こころてい」「ところてん」となったとの説もあります。いずれにしても、トコロテンは歴史ある食品で、公家、武士、庶民、すべての人々に好まれてきたようです。一方、寒天は、江戸時代、京都伏見の旅館「美濃屋」の美濃太郎左衛門が冬の寒い日、戸外で凍結したトコロテンが日中には解け、それが日を経て乾物状態になることを発見しました。この乾物で再度トコロテンをつくったところ海草臭がなく綺麗なものができたとのこと。これを隠元禅師(※1)が試食して、精進料理の食材としての利用を勧め、「寒天」と命名したと伝えられています。つまり、寒天はトコロテンから水分を除いたものです。現在では、テングサやオゴノリなどの紅藻類から寒天質を抽出してトコロテン様に凝固させた後、圧力脱水、冷凍、凍結などにより水分を除去し乾燥して様々な形態の寒天がつくられています。寒天は食物繊維の王様で、乾物量の約80%は食物繊維です。その主成分はアガロースと呼ぶ多糖類です。アガロースの構造は複雑ですが基本的にはガラクトースとよぶ糖類が多数繋がった繊維状の物質です。  寒天はなぜ熱すると溶け冷やすと固まるのか? 高温の溶液中では、繊維状のアガロースは、1本、1本がバラバラの状態で溶液中に分散しているので溶けているのです。しかし、冷却すると、それぞれが縄をなうように2重螺旋構造に絡み合い、それらが沢山寄り集まって3次元のネットワークを形成します。その結果アガロースは溶けていられない状態となってゲル化して固まるのです。簡単に説明しましたが、ゲル化のメカニズムは物理学的には結構難しい話です。熱(温度)の違いにより溶けたり固まったりする性質のことを熱可逆性といい、寒天は熱可逆性物質の代表格です。また、寒天は人の消化液ではほとんど分解されず、微生物にも分解されにくい特性をもっています。このような性質を利用して、寒天は様々な用途に応用されています。それらの話は次号ということに。

 

  9月、秋の夜長、月が美しい頃となります。ススキに団子、枝豆に栗や芋、ついでにお酒を供えてのお月見、私の好きな行事です。でもヨーロッパでは、月を観賞したり楽しんだりする習慣はないようで、満月は人の心を惑わしたり狂わせたりするらしく、狼男などが登場したりする。所変われば品変わるです。「月影のいたらぬ里はなけれどもながむる人の心にぞすむ」(法然上人)。我々日本人は、いつまでも清々しい心で名月を見続けたいものです。次号「寒天の用途」につづく。

 

(※1)中国明代の名僧で、1661年63歳のとき弟子20人とともに来日し、4代将軍家綱の崇敬を得て京都に黄檗山萬福寺を創建した人物。
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