ゼラチンはコラーゲン

ゼラチンとエジプト王朝

中西教授東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授 (醸造学科食品微生物学研究室)

前副学長

中西 載慶

主な共著:

『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

冷えたゼリーの美味しい季節となりました。ゼリーの原料はゼラチン、そのゼラチンはコラーゲンからつくります。コラーゲンは、前号で紹介したように人間や動物の皮、骨、靱帯などに含まれる特殊なタンパク質です。通常は、繊維状の3本のタンパク質が、縄をなうように3重のらせん構造をしているため、非常に張力が強く、水に溶けない性質を持っています。しかし、長時間、水と加熱すると、このらせん構造がほどけて水に溶けるようになります。この性質を利用して、コラーゲンを多く含む牛や豚の皮や骨などを熱処理して得られた溶液から不純物を取り除き、精製、乾燥、粉末にしたものがゼラチンです。従って、コラーゲンとゼラチンは物質としての構造は異なりますが、構成成分は同じということになります。ゼラチンは、ゼリーはもとよりマシュマロやグミなどのお菓子類、焼肉のたれ、ヨーグルト、クリームチーズ、ハムなどの増粘剤、ゲル化剤、安定剤などとして利用されています。しかし、工業製品としての利用価値が驚くほど高く、薬のカプセル、写真用フィルム、接着剤、墨、人工皮革等々、数え上げたら切りが無いほど、実に多種多様、多方面に利用されているのです。

ゼラチンの歴史は、今から5000年以上も前の古代から接着剤として利用されてきた膠(ニカワ)の製造に始まるといわれています。膠は動物の皮や骨を煮詰めて作りますから、主成分はゼラチンということになります。古代エジプトの壁画にも膠の製造過程が描かれ、ピラミッドから出土する棺や調度品、美術工芸品などにも膠が接着剤として使われています。中国、魏の時代(300年頃)には、膠液とススを練った「膠墨」が発明されたといいます。また、膠は、古くからバイオリンなどの弦楽器の接着剤としても利用されて、その利点は、化学接着剤と異なり、熱を加えたり、湿り気を与えると簡単に剥がれるので、繰り返し修理することができるからとのこと。古い楽器が、修復されて今日まで使い続けられているのも膠あればこそかもしれません。ゼラチンの歴史は膠の歴史、我々の生活や文化と本当に関係深い物質なのです。

日本への伝来は、推古天皇の時代(600年頃)に、中国からの膠墨が始めといわれています。しかし、食材としての伝来は、明治以降、欧米の食文化の到来からです。日本には和菓子の文化があり、同様のゲル化剤として寒天や葛粉などが広く使われていた為、実際にゼラチンが使われるようになったのは昭和に入ってからです。ゼラチンの工業的生産の歴史はヨーロッパで約300年。日本では70〜80年、現在、日本では、食品や医薬品に使われる高純度のものをゼラチン、工芸品などの接着剤として利用する精製度の低いものを膠として区別しています。

虎は死して皮を留め、動物は死してゼラチンまで残す。人が動物から受ける恩恵は計り知れないほど大きいものです。人間の知恵のすごさもさることながら、人は万物により生かされているのですから、常に感謝の気持ちを忘れずにいたいものです。

ゼリーとくれば当然、次号は「寒天」につづく。

×CLOSE