たかが泡、されど泡

炭酸ガスにも夢がある

中西教授東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授 (醸造学科食品微生物学研究室)

前副学長

中西 載慶

主な共著:

『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

炭酸ガスあればこその飲み物といえば、ラムネ、サイダー、シャンパンが御三家。パチパチ、シュワシュワ、ノスタルジックな味と響きのラムネとサイダー。グラスの中で沸き上る繊細微小の気泡、ロマンチックで気品高い、完成された芸術品のシャンパン。いずれも私の好きな飲み物です。これらに共通する炭酸ガスは、低温、高圧にするほど水に多く溶け込んで、温度が上昇したり圧力が低下したりすると、溶けていられなくなり気泡となって水中から飛び出していきます。この御三家は、その性質を巧みに利用したもので、泡と爽快感、そして温度管理が重要であることは、皆さんご存知の通りです。

ラムネといえばビー玉栓の不思議。その製造は、瓶のくびれた部分にビー玉が落ちている状態で、シロップ液と炭酸水を瓶の口から圧搾機で詰めます。次に、ビンを急激に逆立ちさせると、瓶内のガス圧で、ビー玉が口元のゴムパッキンに密着して栓となるのです。飲むときは、瓶内の圧力より強い力、例えば手のひらで瓶の口を叩き、ビー玉とゴムパッキンに少しでも隙間が出来れば、そこから一気にガスが抜け、ビー玉が下に落ちます。この仕組み、シンプルですが物理、化学の原理が詰まっています。ちなみに、ラムネはレモネード(レモン水)がなまったもので、明治5年に東京の千葉勝五郎が製造販売を始めたとのこと。清涼飲料の元祖です。

サイダーは、香料を含む糖液を瓶に入れ低温(2〜4℃)にして、それに圧力をかけて炭酸ガスを溶け込ませた後、栓をして出来上がりです。通常、瓶内の液量の3〜4倍もの体積の炭酸ガスが溶けているので、コップに注げば、通常の大気圧になり、一気に大量の泡が生じることになるのです。サイダー(SIDREシードル)は、元来リンゴ酒のことで、炭酸飲料は通称ソーダ(SODA)といいます。明治の頃、サイダーフレーバーエッセンスを使って製造されたことから、この呼び名が残ったようです。

シャンパンの泡は、ラムネやサイダーとはちょっと違い、酵母が炭酸ガスを作っています。シャンパンの製造法は、まずベースのワインを瓶に入れます。そこに少量の砂糖とシャンパン酵母をいれ、しっかりと栓をしてゆっくりと発酵させます。アルコール発酵では、必ずアルコールと炭酸ガスが生じますが、栓をされて逃げ場のない炭酸ガスは、液中に溶け込みます。当然、瓶内の圧力も高くなるので、シャンパン瓶は肉厚の耐圧性の瓶なのです。勿論、添加する砂糖の量も、発酵により発生する炭酸ガス量(瓶内圧力)を計算して決められています。さて、発酵後、この酵母を瓶からどのように除去するのか? 製造・熟成期間は? 等々、シャンパンには多くの話題と巧みな技が詰まっています。その説明は、いずれまた。

シャンパンはカップルに似合いのお酒。グラスに注いだシャンパンから、湧き上がる小さな泡と素敵な夜景でも見ながら愛など語ったらいかが…などと講義しているものの私には未だその経験もなく「柔肌の熱き血潮に触れもせで、さびしからずや道を説く君」が浮かんだりして…“みだれ髪”どころか残り少なくなった吾が髪も“さびしからずや”の現状ですが…

 

次号7番目の物質は「あま〜い砂糖」とします。

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