水も酒も地域の宝

世界で1番水を使う酒造り

中西教授東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授 (醸造学科食品微生物学研究室)

前副学長

中西 載慶

主な共著:

『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

ビールの美味しい季節となりました。

琥珀色、白い泡、爽快感、ビールは楽しい酒、にぎやかな酒と思うのです。水も酒も地域の宝、酒造りにはよい水が欠かせません。

ということで、水の最終回はこのテーマに決めました。

世界中には数万種ともいわれるほど多様な酒があります。しかし、原料からみるとブドウやリンゴなど果実類からの酒と米、麦、いも、トウモロコシなど穀類からの酒の2群に大別されます。果実酒の代表であるワインの場合は、ご存知のようにブドウ果汁のほとんどは水分ですので、加水する必要はありません(水を使用してはいけない)。しかし、穀類の場合には、酒造りに必要な水分量がありませんので、発酵には多量の水を加える必要があります。この水は当然、最終的にすべて酒に移行しますから、使用する水の性質はとても重要な役割を持っています。多くの水を使用する酒の代表といえば清酒やビールなどがあります。清酒の名水とは、着色や香味に有害な鉄やマンガンが少なく、発酵に有効なカリウム、リン、マグネシウム、カルシウムなどを適度に含んでいること。濃色系ビールでは、カルシウムやマグネシウムなどを多く含む硬水が、淡色系ビールでは、それらの含量が低い軟水が名水とされています。歴史的には、それらの条件を備えた自然水の豊富な地域が銘醸地となったのです。灘の清酒、ドイツ・バイエルン地方の濃色甘口のミュンヘンタイプ・ビール、チェコのピルゼン地方の淡色苦味のきいたピルゼンタイプ・ビール等々。名水が育てた銘醸地、数え上げたら切りがありません。もっとも近年では、水処理技術の進歩で、必ずしも銘醸地すなわち名水地というわけでもありませんが、名水があるにこしたことはありません。なぜなら、不足する成分の添加は容易ですが、好ましくない成分を除くことは結構コストがかかるからです。人間社会や組織も、必要な人材の受け入れは可能ですが、そうでない人の処遇は難しいようで……

ところで、外国人が日本には「まずビール」「とりあえずビール」という種類のビールがあるのかと思ったという笑話もあるくらいですから、“まず”ビールと水の話。ビールは世界で一番水を使う酒造りです。ビールでは、醸造用はもとより麦芽製造用、冷却用、ボイラー用などにも水を使います。ビール1あたり、その10倍もの水が必要です。その上、ビールは世界で最も多く飲まれている酒で、年間1億5000万も生産されています。使用される水の総量は単純計算でその10倍約15億にもなります。本稿のタイトルに偽りはありません。ちなみに日本の消費量は650万、1人あたり年間大瓶で約80本も飲んでいる計算になります。「まず・とりあえず」といったレベルではないようです。

「明鏡止水」「行雲流水」の心境で生きたいと思いつつ、毎日些細なことで一喜一憂、セカセカと日をすごしています。人生なかなか思いどおりにはいかない、“とりあえず”冷えたビールが飲みたい……

さて次号は、今話題の「アミノ酸」といたします。

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