質の高い大学教育推進プログラム

学生と教員の「協働」を軸に

東京農大短大部「学科横断的実学教育」

 

東京農業大学短期大学部生物生産技術学科(遺伝育種学研究室)教授
藤垣 順三(ふじがき じゅんぞう)

1947年山口県生まれ。京都大学大学院農学研究科修了。

専門分野:遺伝育種学

主な研究テーマ:ムギ類の異数体による遺伝分析、有用植物のクローン化に関する研究

主な著書:知っておきたいバイテクの基礎(共著)理工図書、日英版バイオロジカ(監修)

東京農大短期大学部による教育の新たな取り組みが、文科省の平成20年度「質の高い大学教育推進プログラム(教育GP)」に採択された。「学生と教員の協働による学科横断的実学教育」と名付けられたこの取り組みでは、学生たちの進路を見据えて、実学教育を効果的に推進していく。その要旨とともに、これまでの経緯を報告したい。

実習に重きを置く教育

東京農大を母体にした短期大学部は、昭和25年に設立され、本学の理念である実学教育を行ってきた。現在、18歳人口の減少に伴い、大学は「冬の時代」を迎えており、さらに深刻な経済不況が淘汰圧を高めている。しかし、幸いにも本学は東京農大と一体的な運営により、このような厳しい状況下でも定員割れを起こすことなく堅実な歩みを続けている。

食糧の生産分野を学ぶ生物生産技術学科(入学定員130名)、環境の創生と管理に関わる環境緑地学科(70名)、わが国の得意分野である微生物による食品加工を学ぶ醸造学科(80名)および人間の栄養と健康を科学し栄養士を養成する栄養学科(150名)の4学科で構成され、いずれの学科も我々の生活に直接関わる分野の研究と教育を行っている。

本学の教育の特徴は、実習に重きを置き、付属の農場や食品加工技術センター、調理実習室などでの実習教育だけでなく、実際の生産現場で体験する実習を40年以上にわたり実践してきた。平成18年度の文部科学省の「特色ある教育の取り組み支援プログラム(特色GP)」において、本学のこの実績を基に申請した「学生主導型体験学習が拓くキャリアデザイン」が高く評価され、採択された。この支援事業により、従来のインターンシップや学外研修を一層発展させることができた。

キャリアデザインの構築

この特色GPプログラムは、学生自身が自分の将来を見据えて主体的に実習に取り組み、自分のキャリアデザインを構築できるようにさせるための取り組みである。そのために教員が学生一人一人の希望を聞き、それを具体化するために新たな実習先の開拓にも努め、今まで以上に現場にも足を運んで受け入れ側の方々と積極的に交流を図り、共に指導する態勢をとってきた。その結果、学生の実習に対する意欲が高まり、自分の将来像を見詰め直す機会にもなり、教育効果は著しく上がった。また、4学科の教員の教育に対する意識の高まりと学科間の協力関係が強まったことにより、新たな教育GPへの取り組みにも発展させることができた。

折りしも本学では、中教審の答申を受け社会的ニーズに対応できる学生教育のために、カリキュラムの大幅な改訂作業を始めた。この過程において、入学してくる学生についていろいろな側面から分析した結果、多様な入試制度により入学する学生の学力較差は以前にもまして大きくなっており、また勉学や将来の進路に対する目的意識が希薄な者や他人と接することが苦手な学生なども多くなっていることが明らかになった。このような多様な新入生を本学で教育するには、教育カリキュラムも個別対応ができるような多様性を有するものが望ましいと考えられる。

専門教育科目のスリム化

そこで従来までの教育カリキュラムを全面的に見直し、総合教育科目の拡大を図ると共にリメディアル教育の実施、初年次教育の強化、学科横断的な専門教育科目の実施およびキャリア教育を充実させるため、専門教育科目のスリム化も検討した。これらにより、高校教育から大学教育へスムースに移行させると共に、学科横断的な専門教育科目と初年次教育とを合わせて履修させるという新たな教育プログラムを立案し、学生1人1人に自分の学ぶ専門分野の位置付けを明確にさせ、学ぶ動機を強固にさせることを意図した。その実施に当たっては、個々の学生が自身の希望する進路についてクラス担任と十分に話し合うことで、それぞれの進路に対応した専門科目の選定やその履修モデルを構築し学習する。

さらに、4学科横断的専門教育科目の実施に当たっては、学生が教員と一緒になってやる(協働)により、学生の教員に対する距離感を縮め、本学の教育への移行を一層スムースにさせると共に、自ら学ぶ喜びや学ぶことの大切さを体感させる。これらの経験が、学生一人一人にその後履修する学科の専門教育科目や研究室活動に積極的に取り組み発展させることができる原動力となるであろうと期待される。2年間のこれら一連の教育活動により、学生自身に将来の進路を見据えた目標を持って勉学に取り組む姿勢を身に付けさせ、急速に変化する現代社会に適応可能な教養と専門知識を兼ね備えた専門職社会人を育成する、という本学の教育目的を達成させようとするものである。

 

教育支援委員会を設置

このような大きな改革を実施に移すためには、いくつかの実験的な試行過程を経て、それを評価検証しながらやる必要がある。この試みを実施するために、本学は平成20年度の教育GPに「学生と教員の協働による学科横断的実学教育」と題して応募したところ、採択された。その概要を図1に示す。試行に当たって、教育支援委員会を短大部の教授会決議で設置し、短大部の部長、学科長、学科推薦教員および大学改革推進室長、学習支援課長などの事務職員により組織された。さっそく試行科目の選定や教職員の研修などについて検討を始め、途中経過については学科長を通して学科会議に報告し、それについて意見や新たな提案などをフィードバックしてもらいながら進めることにした。

21年度の試行科目の内、リメディアル科目として文章表現を実施することとし、その実施方法を具体的に検討をしている。また、初年次教育科目としては、従来から行なわれているフレッシュマンセミナーの項目を洗い直し、短大部として共通する項目と学科独自の項目に整理すると共に、フレッシュマン演習の内容とも重複しないような実施案を策定中である。このフレッシュマン演習を実施し効果を上げることができるか否かは、学生と個別対応する教員にかかっている。そのため、フレッシュマン演習支援のための教員研修プログラムについても実施の準備を進めている。さらには、この度のテーマでもある学科横断的実学教育科目として、農業体験実習と加工調理体験実習が挙げられる。この試行では、「米」を中心テーマに置き、田植えから稲刈りまでの生産過程、田圃の生物層の観察、米を利用した食品加工や調理実習など一連の過程を体験できるプログラムを4学科の教員が協力して実施する案が提案されている。これにより、学習の動機付けを強固にすると共に自分が専攻する学問分野に関連する分野を概観することで、自分の専門分野の位置付けがより一層明確になるであろうと考えられる。

全教員の英知を結集

このように、新たなカリキュラムに移行するに当たって、いわゆる教養教育の充実のための総合教育科目の導入や学科共通科目を単に羅列し、学生に選択させるのではなく、入学してくる学生に対して如何にすればより効果が上がるかという観点から教育システムそのものについても考える時が来ているように感じる。今回の取り組みが教育GPに採択されたのも、それぞれの科目群の位置付けを明確にし、その教育方法についても工夫を凝らして対応しようとする試みが評価されたものと考えている。  それだけに、今後の実行過程が問われているものと厳しく捉え、短大部の全教員の英知を結集してこのプログラムを遂行していく所存である。

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