有用物質生産のための微生物育種

 ゲノムの情報ならびにゲノムを扱うさまざまな最新技術を、枯草菌やシアノバクテリアのような高い組換え能をもつ細菌に応用すると、これまでは不可能だったいろいろな性質を微生物に賦与することができる。また、分子シャペロンは細胞の健康管理役として異種蛋白質生産というストレスから細胞を守る。この2点を考慮して新しい育種法を開発し、有用物質の効率的生産システムを構築するとともに、生命の起源や進化といった人類永遠のテーマへもアプローチしていく。言い換えるとさまざまな遺伝子資源を細胞に導入し、物質生産だけでなく、品質改良や機能の組み合わせによるハイブリッド生産物、また複数の生合成系の組み合わせや改変による新規有用物質の創製、といったいわゆる“細胞工場”の建設を目指す。この究極の目的のための第一歩として、以下の材料による応用研究を行う。

●枯草菌

 いろいろな酵素や抗生物質を菌体外に分泌することが特徴である枯草菌の能力を改良し、有用物質生産宿主としての育種や食品への利用等について分子生物学的手法を用いて研究していく。まず具体例として放線菌の生産する抗生物質を採りあげ、非蛋白質性の有用物質生産を目指す。これは大腸菌等にクローニングして生産することが不可能な巨大な遺伝子群からなり、染色体発現ベクターを用いた“細胞工場”によって初めて可能となる。すなわち、枯草菌染色体には数
100kbの巨大DNA断片を導入する系が確立しており、染色体をベクターと考えて複数の遺伝子群やオペロンを丸ごと導入することが可能である。したがって複雑な生合成系をまとめてクローニングでき、これが世界に例のない“細胞工場”の誕生となる。

●ブレビバチルス(Brevibacillus )菌

 この菌は枯草菌の類縁であるが、菌体外プロテアーゼ(蛋白質分解酵素)活性が低く、大量に生産する細胞壁蛋白質の遺伝子を利用した上皮成長因子(EGF)等の異種蛋白質生産に実績を持つ。本菌の分泌生産能を利用した有用物質の改良実験として、エンドスタチン(Endostatin)を取り上げる。エンドスタチンは血管新生阻害剤であり、新規抗ガン剤として期待されている。エンドスタチンはコラーゲンの一部でありその効果を発揮させるためには大量に投与する必要がある。この遺伝子に人為的変異を導入してブレビバチルス菌で生産し、その効果をヒト培養細胞でアッセイする。この手法により、効率よく働く蛋白質を創製し、新薬としての開発をする。

●乳酸菌

 生ゴミを放置すると乳酸菌が優先種となるが、一方で乳酸菌の生産する乳酸から生分解性プラスチックを作ることは技術的に確立している。しかしD-L-の光学異性体が混在すると加工性が悪く、どちらか一方を生産することが望まれている。この目的のためL-乳酸のみを生産する乳酸菌の育種を遺伝学的手法により行う。



クルマに例えると・・・
(テーマ例)
1.枯草菌ゲノム工学による“細胞工場”の建設
2.細胞工場による抗生物質生産
3.細胞工場によるクロストリジウム属セルラーゼの生産
4.枯草菌菌体外プロテアーゼ完全欠損株の作製
5.生ゴミを生分解性プラスチックへ---乳酸菌の遺伝的育種
によるポリ乳酸の素材生産

6.納豆菌ISの除去によるPGA(糸)生産の安定化
7.Brevibacillus菌のS-S 結合生成酵素の機能解析
8.Endostatin の活性変換による抗ガン剤としての高効率化