タンパク質間相互作用の解析 … (グローバルな解析およびターゲットを探る手段)

近年、様々な微生物ゲノムの全構造が飛躍的な勢いで決定されている。ゲノム構造の解析や既知配列との比較は多くの情報を与えてくれたが、  一方で約半分の遺伝子の機能は不明である。実験的に機能を解析しやすい微生物を用い、遺伝子破壊・転写解析・DNAチップなどの手法により、ゲノムの全体像を明らかにしていく研究が進められている。この研究は、日本・ヨーロッパを中心とした多くの研究者の共同プロジェクトとして行われ、その成果を共有することによってゲノムレベルでの解析が可能になる。こうした細胞の全体像を把握するゲノム生物学は、21世紀の生物学の中枢を担う分野になると期待されている。

当研究室では特にタンパク質間相互作用を網羅的に解析し、相互作用の集合として細胞の全体像を捉えていくことを目指している。相互作用解析の方法は YEAST TWO-HYBRID ( Y2H )システムや分析機器を用いて遺伝学的・生化学的手法を併用して行う。枯草菌ゲノム計画の一端としてのY2H 解析は、フランス国立農業研究所( INRA )との共同研究として進めてきた。枯草菌においてはゲノム計画の一端として網羅的解析の結果を集大成して相互作用のカタログ作りを行うと共に、Y2H解析手法をシアノバクテリアやヒト細胞などの解析にも活かし、分子シャペロンの特異的機能解析やサイクリンの作用基質探索などを行う。

 

    分子シャペロンの特異的機能解析 … (ターゲットを絞った解析)

分子シャペロンは様々なタンパク質と相互作用することによって、タンパク質の正しい会合を介添えしたり、高温や高塩濃度といったストレスから細胞を守ったりする重要な働きをしており、細胞の健康管理役とか品質管理役と呼ばれている。しかし、個々の基質に対してどのような機構で認識しているかという特異性の問題が近年の大きな課題となっている。枯草菌やシアノバクテリアの高い組換え能を利用した遺伝学的解析や生化学的解析により、分子シャペロンと基質との特異的相互作用を解析していく。

具体的には変異タンパク質を人為的に構築し、そのサプレッサー変異株を取得し、サプレッサー変異遺伝子を同定することによって相互作用する相手を探索する。またY2H システムによっても相互作用の相手を検索する。現在、枯草菌ではHsp70 ( Dna K )とストレスに関与する σ 因子との相互作用が見つかっている。

シアノバクテリア (ラン藻)のある種には代表的な分子シャペロン Dna K が3種存在している。同じような構造を持った3種のタンパク質がそれぞれ特異的な機能を持つことは興味深く、その役割分担を明らかにすると共に特異性をもたらすメカニズムを解析する。手法としては分子遺伝学的解析による基質の同定や生化学的解析による分子間相互作用の機構、さらに構造生物学的解析による構造と機能の相関性について明らかにしていく。現在、Dna K2 が熱ショックに応答すること、Dna K3 は光合成の場であるチラコイド膜に多く局在していること、Dna K3 変異のサプレッサーがリボゾームタンパク質に同定され、翻訳機構にシャペロンが関与することが示唆された。

 

    有用物質生産のための微生物育種 … (応用のための基礎研究と実際の応用研究)

ゲノムの情報ならびにゲノムを扱う様々な最新技術を枯草菌のような高い組換え能をもつ細菌に応用すると、これまでは不可能だったいろいろな性質を微生物に賦与することができる。また、分子シャペロンは細胞の健康管理役として異種タンパク質生産というストレスから細胞を守る。この2点を考慮して新しい育種法を開発し、有用物質の効率的生産システムを構築すると共に、生命の起源や進化といった人類永遠のテーマへもアプローチしていく。言い換えると様々な遺伝子資源を細胞に導入し、物質生産だけでなく、品質改良や機能の組み合わせによるハイブリッド生産物、また複数の生合成系の組み合わせや改変による新規有用物質の創製、といった所謂”細胞工場”の建設を目指す。この究極の目的のための第一歩として、以下の材料による応用研究を行う。

        ●枯草菌

いろいろな酵素や抗生物質を菌体外に分泌することが特徴である枯草菌の能力を改良し、有用物質生産宿主としての育種や食品への利用等について分子生物学的手法を用いて研究していく。具体的には、第一に生産した異種タンパク質を分解してしまうプロテアーゼを全て欠損した株を作製する。第二に生産の実例として、放線菌の生産する抗生物質やクロストリジウム属セルロース分解酵素などの有用物質生産を目指す。これらは大腸菌などにクローニングして生産することは不可能な巨大な遺伝子群から成り、次に述べるように染色体発現ベクターを用いた”細胞工場”によって初めて可能となる。
枯草菌染色体には数100kbの巨大DNA断片を導入する系が確立しており、染色体をベクターと考えて複数の遺伝子群やオペロンを丸ごと導入することが可能であり、複雑な生合成系をまとめてクローニングできることが世界に例のない”細胞工場”の特徴である。

        ●ブレビバチルス( Brevibacillus )菌

この菌は枯草菌の類縁であるが、菌体外にプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)活性が低く、大量に生産する細胞壁タンパク質の遺伝子を利用した上皮成長因子( EGF )などの異種タンパク質生産に実績を持つ。ブレビバチルス菌の分泌生産能を利用した有用物質の改良実験として、エンドスタチン( Endostatin )を取り上げる。エンドスタチンは血管新生阻害剤であり、新規抗がん剤として期待されている。エンドスタチンはコラーゲンの一部であり、その効果を発揮させるためには大量に投与する必要がある。人為的変異を導入してブレビバチルス菌で生産し、その効果をヒト培養細胞でアッセイし、より効率よく働くタンパク質を創製して新薬としての開発研究を行う。

 

    細胞周期の制御機構解析 … (酵母、動物細胞を用いた生命現象の解析)

真核生物において細胞周期は細胞の増殖と分化にかかわる最も基本的な生命現象である。またがんは細胞周期の病気であり、人類最大の敵といえるこの疾患を理解する上で、細胞周期制御機構の解明は極めて重要である。細胞周期の進行は複雑な制御ネットワークによって厳密に制御されているが、その中心にある制御因子はサイクリンとサイクリン依存性キナーゼ( CDK )である。細胞の新たな分裂を決定する主要なチェックポイントはDNA複製を開始する直前( G1チェックポイント)にあり、そのポイント通過に必須な因子のひとつがサイクリンAである。しかしながら、G1チェックポイントにおけるサイクリンA-CDK 複合体の作用標的・サイクリンAタンパク質の安定性制御など未だ不明の点が多い。そこでヒトサイクリンAについて、その作用標的の検索・同定、およびタンパク質安定性制御機構の解析を行う。また、G1チェックポイントは、様々な増殖制御シグナルが集約する制御点( R点 )としても知られるが、ここでの主要なブレーキ因子の一つとして p27( CDK阻害因子/ がん抑制因子)がある。そこで分子遺伝学的アプローチにより p27 の増殖抑制機能を打ち消す因子または変異を分離・ 解析し、R点制御ネットワークとがん化機構の解明を目指す。

一方、高温などの環境ストレスは細胞周期の進行を妨げることが知られているが、ストレス応答による細胞周期制御機構はあまり解析されていない。そこでその制御機構を細胞周期の主要制御因子であるサイクリン・ CDK・おより CDK阻害因子に焦点を当てて解析する。材料として酵母および動物培養細胞を用い、分子遺伝学と生化学の双方からのアプローチを取ると共に、制御機構の真核生物間での一般性と多様性を解析する。