「世界初の二母性マウス誕生発生と文化のメカニズムを探る」

複雑な生命のメカニズムを遺伝子レベルで解明する

河野教授生物学と化学の<知>から生物の生命現象を追求するのが「応用生物科学部」です。最新の理論と技術をもって生物の基本反応を理解し、これを人類の生活向上や大気・水質・土壌といった環境問題の解決につなげていくことを目指しています。

この中で、バイオサイエンス学科は複雑な生命のメカニズムやその働きについて、遺伝子レベルで解明を図っています。

専門分野は「微生物分野」「植物分野」「動物分野」「生命機能分子分野」の4つからなり、「微生物分野」では、ゲノム生物学、分子生物学を基礎に、細胞の遺伝子機能のネットワークについて研究。「植物分野」では植物固有の生命現象を分子レベルで解明します。「生体機能分子分野」では機能性分子の探索と構造解析を通じて生理活性への応用研究を行い、「動物分野」では動物細胞と基本的反応特異性を中心に研究します。

 

生殖細胞と発生の過程を探る動物発生工学研究室

動物分野の中で、河野友宏教授が率いるのが「動物発生工学研究室」です。動物発生工学研究室では、生殖細胞の機能および発生・分化過程のメカニズムを細胞工学的および遺伝子工学的な研究手法を駆使して追及しています。

また、発生過程における卵子や精子の生殖細胞や、受精後の胚の発生においてこれらを人為的に操作することにより、ヒトに有用な動物生産などの農学領域や、医学領域、基礎生物学の進歩に貢献することを目指しています。

この分野の第一人者である河野教授は、「哺乳類は唯一胎生であり生物の頂点に位置しています。その生殖細胞は未分化から分化へのベクトルをたどっていくわけです。そしてそれをサイクル化して、地球の生命史39億年という時の流れのなかで、輪廻を繰り返していき続けているのです。つまり、生殖細胞には生物の過去の履歴も未来の夢もいっぱいに詰まっているのです。動物は発生過程で生殖細胞という特殊な細胞を分化させ、受精を介して遺伝子形質を次世代に受け渡していますが、この固体発生過程は、綿密に仕組まれた生命現象であり、魅力に満ち溢れています。われわれ自身を知るためにもすばらしい研究対象で、好奇心をかきたてられます」と話します。

 

定説を覆す夢のマウス「かぐや」の誕生に成功

河野教授は2004年に、「かぐや(kaguya)」と名付けたマウスにより、世界で始めて卵子だけで哺乳類を発生させることに成功しました。実験

哺乳類は、雄の精子と雌の卵子が受精して、両者のゲノムからなる子供が生まれます。子供には父親と母親の遺伝子が半分ずつ授けられるのです。しかし、精子からの遺伝子と卵子からの遺伝子が同じように動くのではなく、ある遺伝子は精子(または卵子)からのものだけが使われます。こうした遺伝子の発現調節は「ゲノムインプリンティング」と呼ばれています。

そこで、河野教授は卵子(卵母細胞)と精子がどのような遺伝子がインプリンティングされているかを調べ、卵子のインプリンティングのパターンを「精子のパターン」に変換するシステムを開発しました。

この手法を使って、特定の遺伝子を「精子のパターン」に改変したマウスの卵母細胞を採取し、別の未受精卵に移植して刺激を与え、つくった胚を代理母に戻して妊娠させました。哺乳類の発生には受精が不可欠であり、1つの卵子から子が誕生する単為生殖は不可能だといわれていますが卵子を2つ用い、受精することなしで誕生させることに成功しました。それが「二母性マウス」の「かぐや」です。成功率は0.5%と低かったのですが、2007年にはマウスの遺伝子を操作し、27匹のマウスが繁殖能力をもつ大人に成長しました。成功率は実に30%以上に」なったのです。

名前は、竹取物語の「かぐや姫」にちなんで名づけました。

河野教授は、「進化の謎を解明する大きな手がかりともなります。安易にヒトに応用することは許されるべきではありませんが、再生医療や不妊治療に基礎的な情報を提供しうるものです。」と語っています。

 

「生命の尊厳」を自覚して失敗を恐れずに学ぼう

「生命科学に従事するものは、生命倫理に関してしっかりとした意見をもっていなければいけません。学生は生命の尊厳につながる問題であることを自覚する必要があります。科学技術は、ただ目先の役に立てばいいのかといったことも問われています。だからこそ考えすぎはいけません。自ら考えることが大切で、そこから正しい倫理観や新しい発見が導き出せるというわけです。また、失敗は恥ずかしいことではなく、なぜ失敗したかを考察することでステップアップすると指導しています。大学とは、ロジカルなものの考え方を学ぶところです。無地のキャンパスにモチーフを決めて絵を描くようなものだともいえるでしょう。人生で唯一、失敗を恐れずにチャレンジできるのは学生時代だけ。

東京農業大学には恵まれた研究施設が整備されているのでその環境を利用して、好きなことに思う存分チャレンジしてください。」と河野教授は熱く語っています。

 

※再生医療

病気や事故で損傷した組織や臓器を修復する次世代医療。残された少ない細胞を培養したり、生理活性物質を注射したりして組織や器官の再生を促す。再生医療は、最近、クローン技術や細胞培養だけでなく、遺伝子の投与によっても可能になってきている。人工授精で余った受精卵から作るES細胞(胚性幹細胞)や、患者自身にわずかに存在する体性幹細胞が利用されている。体性幹細胞では、骨髄幹細胞が心臓の心筋細胞に分化して拍動を始めた例、心筋梗塞などで損傷した心臓の血管や組織を修復した例がある。

 

※単為生殖

一般に卵と精子が受精して新しい個体が誕生するのが有性生殖という。これに対し、卵子が受精することなく、雄と無関係に子孫発生させる生殖様式を単為生殖と呼ぶ。自然界では、ミツバチなどの昆虫、魚類、爬虫類、鳥類の一部などで単為生殖が行われている。発生する卵に注目する場合は単為発生という語を用いる。卵になんらかの人工的な刺激、操作を与えて発生を進行させる場合、これを人為単為発生と呼ぶ。

 

※二母性マウス

一つの卵子からコピーの子ができる「単為生殖」との混同を避けるため、「かぐや」のような場合を二母性マウスと呼んでいる。今回の二母性マウスの作成は、人為単為発生の技術を用いたものである。卵子由来のゲノムのみをもつ胚で成長する。最近の核移植技術の進歩により、様々な雌雄核の組み合わせが可能になった。

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