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スーパー農学の知恵

健康で美しい皮膚を手に入れるために

−分子栄養学的観点からの皮膚研究−

応用生物科学部食品安全健康学科 助教 山根 拓実

皮膚の構造と機能

 皮膚は、基底膜を挟んで表皮層と真皮層で構成されており、紫外線や細菌などの外部刺激から身体を保護する重要な器官である(図1)。表皮層は基底層、有棘層、顆粒層、角質層に分類される。基底層付近には細胞分裂して増殖する表皮細胞が存在する。表皮を構成する細胞の95%以上である表皮細胞は、基底膜に接している基底層で増殖した後、徐々に上層に運ばれ、最終的には垢となって皮膚から剥がれ落ちる。
 表皮層には、表皮細胞によって合成されるセラミドやコレステロール、脂肪酸などの脂質が多く存在するが、皮膚中の脂質の約50%がセラミドだといわれている。セラミドは、外的刺激から身体を保護するバリア機能や体内からの水分蒸散防止する機能を持っている。
 皮膚のハリ・弾力及び保水性に関与するコラーゲンやヒアルロン酸は真皮層に多く存在する。皮膚中のコラーゲンは数十種類。最も多いコラーゲンはT型コラーゲンで、約80%を占める。また、V型コラーゲンは皮膚コラーゲンの約10%を占め、創傷治癒過程において重要な因子といわれている。線維性コラーゲンは、半減期が6カ月といわれ、正常な状態では皮膚線維芽細胞が少しずつコラーゲンを産生するとともに分解し、ゆっくりと代謝している。
 ヒアルロン酸は、分子量が非常に大きいことが知られている。ヒアルロン酸は保水性が高いため、その機能としては皮膚に存在する細胞への栄養の補給、老廃物の排出、免疫細胞の移動に関わるといわれている。このヒアルロン酸を合成する酵素(hyaluronan synthase, HAS)は、3種類存在し、真皮ではHAS2、表皮ではHAS3が主にヒアルロン酸を合成している。分解に関しては、数種類のヒアルロン酸分解酵素が知られており、KIAA1199というタンパク質がヒアルロン酸の分解に関わっているとの報告もあるが、まだ不明な点が多い。

 

皮膚の脆弱化を招く高脂肪食摂取

 これまでの研究で我々は、これらの皮膚構成分子は栄養条件の影響を受けやすいことを明らかにしてきた。脂質の過剰摂取は、生活習慣病だけでなく、皮膚にもいろいろと重大な影響を及ぼすことが報告されている。兵庫県立大学の永井成美教授ら(1)は水分蒸散量の多い被験者は食事から摂取した脂質エネルギー比率が高いということを明らかにしている。肥満度を表す指標であるBMI(体格指数)の増加に伴い、皮膚の水分蒸散量が増加することなども明らかになっている。
 図2はラットの皮膚の組織切片を作製し、皮膚中の脂質を赤く染めた結果である。写真から高脂肪食摂取で皮膚中の脂質が顕著に減少しているのが確認できる。特に、セラミドは著しい減少を示した。この減少は、セラミドの主要な合成酵素であるSerine palmitoyltransferase注1の遺伝子発現と相関する(図2;異符号間で有意差有り)。一方、脂質の燃焼に関与するCarnitine palmitoyltransferase─1注2の遺伝子発現は増加した。このことから、高脂肪食摂取による皮膚中の脂質含量の減少は合成の低下および燃焼の促進の両面からのメカニズムが考えられる。また、脂質の過剰摂取は、血液や肝臓中の脂質含量を増加させることが報告されているが、我々の研究から皮膚は他の組織とは異なることが分かった。
 真皮層に関しては、高脂肪食の摂取が皮膚における血管新生及びコラーゲン沈着を低下させ、創傷治癒を遅延させることや皮膚の弾力性を低下させ、たるみを助長する。高脂肪食の摂取によってもたらされる脂肪組織の過剰蓄積が皮膚の機能障害をもたらすこともわかってきた。「体内に脂質をためすぎると、逆に皮膚の脂分がなくなり、美肌喪失を招きかねない」。脂肪細胞は過剰のエネルギーの貯蔵庫という役割の他にもさまざまな生理活性物質を分泌する内分泌細胞としての役割を持つ。この脂肪細胞から分泌される生理活性物質を総称して「アディポサイトカイン」という。アディポサイトカインには、糖尿病、高脂血症、高血圧を予防する「善玉アディポサイトカイン」と、これらの病態を悪化させる「悪玉アディポサイトカイン」がある。正常な状態では、これら善玉・悪玉アディポサイトカインの分泌バランスは保たれているが、内臓脂肪が蓄積した状態では、不思議なことに善玉アディポサイトカインの分泌量が減り、悪玉アディポサイトカインが過剰に分泌される。この分泌の乱れが糖尿病や動脈硬化をはじめとするメタボリックシンドロームを進展させてしまう。
 アディポサイトカインの一つであるアディポネクチンは、抗糖尿病作用、抗動脈硬化作用、抗炎症作用、抗肥満作用を併せ持つ分子であることが多くの研究者により明らかにされている。脂肪酸燃焼などエネルギー代謝において重要な役割を担っているアディポネクチンは、標準な体格の人の血液中には多く存在しているが、高脂肪食摂取などによって内臓脂肪が増加すると血液中のアディポネクチン濃度は減少する。近年、真皮層直下の皮下組織(皮下脂肪)から分泌されるアディポネクチンは、皮膚中T型コラーゲンおよびヒアルロン酸合成を促進することが報告された。また、アディポネクチンは血液から皮膚へも供給されることが報告されている。我々の研究では、高脂肪食摂取により血中のアディポネクチンが減少し、このことが皮膚中T型コラーゲンおよびヒアルロン酸合成を低下させ、皮膚の脆弱化を引き起こす可能性を示唆してきた。さらに、T型コラーゲンおよびヒアルロン酸の主要合成酵素であるHAS2の遺伝子レベルでの減少も確認した。

 

皮膚機能向上への試み

 アディポネクチンは、メタボリックシンドロームなどの疾病予防だけにかかわらず、美容効果を持ち合わす興味深く重要な因子である。現在我々は、栄養素や食品因子で血中のアディポネクチン濃度を調節し、皮膚機能の向上を図ることを試みている。
 呼吸器系、消化管ならびに皮膚などの上皮系組織は、生体と外環境との境界であるため、外環境と生体内環境を緩衝するバリア機能を持つ。特に皮膚は、より多くの外環境由来の因子に直接的な影響をうけるために、一層強固なバリア機能が求められる。皮膚のバリア機能の形成低下は、皮膚にとどまらず、全身のさまざまな機能に影響することから、その形成機構と調節機構に関心が寄せられている。我々は分子栄養学的アプローチを続けていき、更なる皮膚科学の発展に寄与したい。

 

文献
(1)永井成美、菱川美由紀、三谷信、中西類子、脇坂しおり、山本百希奈、池田雅子、小橋理代、坂根直樹、森谷敏夫:日本栄養・食糧学会誌 63,263-270(2010)

[注1]‌Serine palmitoyltransferase=セリンパルミトイルトランスフェラーゼ:セラミドの新規合成をつかさどる酵素
[注2]Carnitine palmitoyltransferase-1=カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼT:脂肪酸の燃焼(酸化)をつかさどる酵素

図1 皮膚の構造
図2 脂質栄養と皮膚中セラミド合成


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