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スーパー農学の知恵

エビデンスに基づく栄養情報を

生活習慣病との関連を探る

短期大学部栄養学科 准教授 石原 淳子

少し前の話だが、ある食品について「それを食べたらやせる」という情報が某テレビ番組で放映された。翌日からその食品が売り切れ続出となったのだが、その後、実験データにねつ造があったことが発覚、大きな社会問題になった。この種のダイエット情報に世の中が振り回されるような事態は、栄養教育現場の栄養士・管理栄養士の頭痛の種となる。

医学の世界ではエビデンス(科学的根拠)という言葉がよく使われる。エビデンスに基づく医療(evidence─based medicine)という考え方が定着しているが、栄養の分野でも、エビデンスを重視して栄養教育を行うことが重要とされるようになってきている。筆者は栄養士・管理栄養士の立場で、長年、日本人の食品・栄養素の摂取と生活習慣病との関連について、エビデンスを構築するための研究に携わってきた。その研究内容について紹介したい。

 

栄養疫学と食事評価研究

「疫学」とは、人の集団を対象に、疾病とそれを規定する要因との関連を明らかにする医学研究である(坪野,2001;日本疫学会,1996;1998)。特に、先進国で死因の首位を占めるがんや循環器疾患など生活習慣病は、食事がその発生や予防に関連しており、それらを明らかにする研究を栄養疫学と呼ぶ。

日本では、疫学者の多くが医師の資格を持つ中で、食の専門家である栄養士・管理栄養士の疫学研究者としての役割のひとつは、「食事摂取量を、適切な方法で、いかに正確にはかるか」ということを研究することにある。健康と関連する要因を把握するための食事調査方法を開発し、その精度について検討する食事評価研究である。

私達が毎日摂取している食事は、身近なものでありながら、実は定量化することが非常に困難である。一般的な食事記録法(食事内容を対象者が記録する方法)や思い出し法(前日の食事内容を栄養士が聞き取る方法)は対象者の負担が非常に大きく、長期間の調査が困難であるため、生活習慣病との関連を検討する際に把握したい長期間の食事を調べることが難しい。

1980年代に米国で開発され、大規模なコホート研究(健康な集団の食生活をあらかじめ調査し、その後の疾病罹患や死亡を確認する研究)に用いられた食物摂取頻度調査票(FFQ:Food frequency questionnaire)がある。リストアップされた食品や料理について、過去の一定期間における平均的な摂取頻度をたずねることにより摂取量を推定する方法で、それまで困難であった長期間の食事摂取状況の調査が可能となった。さらにFFQは、自記式のマークシートを用いて回答できるため、数万人規模の調査が必要な疫学研究には最適であった。その後、日本を含む多くの地域で、研究対象集団にあわせたFFQが開発され、それをきっかけに栄養疫学は大きな発展を遂げた。

一方、FFQはあらかじめある食品リストから摂取しているものを選択する方法であること、回答が本人の記憶に依存することなどによる推定誤差が短所である。推定された摂取量にどのくらい誤差が生じているかを確かめるため、対象集団における摂取量推定の精度(妥当性・再現性)を検討が不可欠である。

 

FFQの妥当性研究

厚生労働省研究班による多目的コホート研究(主任研究者:津金昌一郎国立がんセンター予防研究部長)で用いられたFFQの妥当性研究について紹介する。

本研究では14万人のコホート研究の対象者のうち、約500人を対象に2回のFFQと食事記録法を実施した。このFFQは過去1年間の食事をたずねていたため、食事記録法も年間を通して各季節7日間実施し、さらに、食事記録法と同時期の生体指標(血液、尿中の栄養素成分などの濃度)も比較指標として用いた。初回FFQは食事記録開始時に実施し、その1年後に再度実施した。1年間の間をあけた2回のFFQを比較することにより再現性を、 2回目のFFQと食事記録法および生体指標を比較することにより妥当性を検討した(図1)。

両法による摂取量の順位相関係数が、例えばカルシウムは0.45〜0.68と高く、疫学研究で十分実用になるような妥当性が得られていた。一方、ナイアシンや調味料類などのように妥当性が低く実用が困難な栄養素や食品群があることも示された。(Tsugane,2003;Sasaki,2003;Ishihara,2006)

 

疾病との関連研究

FFQを用いて一定の精度の摂取量の把握ができることが確認された上で、摂取量と疾病との関連を検討をすることができる。例として、カルシウム・ビタミンDと大腸がん罹患の関連について検討した研究を紹介する(Ishihara,2008)。この研究は、国立がんセンター等と全国11保健所が共同で行った大規模コホート研究で、日本人における生活習慣病に関するエビデンスを数多く世の中に出している。

カルシウムとビタミンDは、腸管内腔の上皮細胞を刺激すること、がんの発生を促進する二次胆汁酸を吸着することと、細胞増殖や分化、アポトーシスに直接作用することなどから大腸がんを予防すると考えられている。40〜69才の日本人男女約8万人を対象に、前述のFFQを用いてカルシウムおよびビタミンD摂取量を算出してグループ分けを行い、8年間追跡後の大腸がん発生率を比べた。大腸がんリスクは高齢、喫煙、肥満などの他の要因によっても高くなることがわかっているので、あらかじめこれらの影響を除き、男女別に検討したところ、男性において、カルシウムの摂取量300mg未満のグループと比べると、摂取量が700mg以上のグループでリスクが40%近く低いことがわった(図1)。しかし、女性では関連がみられなかった。また、ビタミンD摂取量と大腸がんの間には、男女とも統計学的有意な関連は見られなかったが、男性においては、カルシウムとビタミンDの摂取量をそれぞれ低・中・高の3群にわけて組み合わせた場合、両栄養素が高いグループでリスクが低いということが明らかになった(図2)。

カルシウム・ビタミンDは大腸がんのリスクを下げるという報告は、欧米の研究でも数多く存在し、2008年に発表された世界がん研究基金(WCRF)と米国がん研究機関(AICR)共同の報告(IARC/WCRF,2008)でも、大腸がんのリスクを下げる要因として十分な科学的根拠があると判定されている。一般的に日本人の食事は、カルシウムが不足していることが、国民健康・栄養調査結果などからも報告されている。

本コホート研究からは、これまでもカルシウムの摂取量が多い人たちは循環器疾患や腰椎骨折のリスクが低いと報告されており、日本人はカルシウムの摂取量を増加させることにより様々な疾患が予防できる可能性が示唆されている。

 

ヘルスコミュニケ−ションの効用

最後に筆者がヘルスコミュニケーション、すなわち健康に関する情報共有の一環として行っている活動について少し紹介したい。現在、疫学の分野では、前述のIARCとWCRFの報告のように、蓄積されつつある食生活と生活習慣病のエビデンスを系統的に収集し、個人の健康や、政策などに役立てるために現時点での知見を整理することが盛んに行われている。日本人においても、国立がんセンターなどの研究班が「現状において推奨できる科学的根拠に基づくがん予防法」をまとめて公表し、専門的な医学論文に掲載されているエビデンスの集大成を、誰もが実行可能な生活習慣予防につなげられるよう尽力している。(http://ganjoho.ncc.go.jp/public/pre_scr/prevention/evidence_based.html#prg5_1)

このような流れのなかで、栄養と健康の関連についてエビデンスを把握し、国民ひとりひとりに正確にわかりやすく伝える橋渡し役としては、食の専門家である栄養士・管理栄養士の役割がたいへん重要であると筆者は考えている。冒頭に触れたようなダイエット情報が栄養教育現場の頭痛の種になるのは、例えばそれが「芸能人の誰々が」という類の体験談であったとしても、メディアなどを通して報じられると、情報源の信頼性お構いなしに多くの人が実行してしまう傾向にあるためである。ここで言う信頼性とは、真実かどうか(ねつ造か否か)ということに加えて、どのような研究データなのか(エビデンスの確からしさ)ということである。

 

NET勉強会にご参加を

筆者は有志数人と、メーリングリストを利用して、栄養教育現場の栄養士・管理栄養士とエビデンスについての情報交換ができないかと考え、「栄養士による栄養士のための栄養情報NET勉強会」、通称Nutri_netを立ち上げて活動している。現在、栄養教育現場の栄養士・管理栄養士と研究者140名の登録があり、最新の栄養情報や、情報源となる研究結果の解釈などについて、論文を読んで紹介し、素朴な疑問やざっくばらんな意見交換を行っている。栄養士・管理栄養士をとおして、多くの人に栄養情報の見分け方が浸透していってほしいと考えている。登録をすれば誰でも参加することができるので、興味のある方は是非一度のぞいてみていただければ幸いである。

メーリングリスト:http://groups.yahoo.co.jp/group/nutri_net/(要登録)

ブログ:http://blog.livedoor.jp/nutri_epi_net/(メーリングリストの内容を抜粋、閲覧のための登録不要)

 

参考文献

坪野吉孝、久道茂(2001).栄養疫学. 東京:南江堂
日本疫学会編(1996).疫学.東京:南江堂
日本疫学会編(1998).疫学ハンドブック.東京:南江堂

Tsugane S, Kobayashi M, Sasaki S. Validity of a self-administered food frequency questionnaire used in the 5─year follow-up survey of the JPHC Study Cohort I:comparison with dietary records for main nutrients. J Epidemiol 2003;13(suppl):S51─ 6. Sasaki S, Tsugane S, Kobayashi M. Validity of a self-administered food frequency questionnaire used in the 5─year follow-up survey of the JPHC Study Cohort I:comparison with dietary records for food groups. J Epidemiol 2003;13(suppl):S57─63.

Ishihara J, Inoue M, Kobayashi M, et al. Impact of the revision of a nutrient database on the validity of a self-administered food frequency questionnaire. J Epidemiol 2006;16:107─16. Ishihara J, Inoue M, Iwasaki M, Sasazuki S, Tsugane S. Dietary calcium, vitamin D, and the risk of colorectal cancer, Am J Clin Nutr 2008;88:1576─83.

IARC/WCRF, 2008

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