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スーパー農学の知恵

アフリカを救う「孤児作物」研究

東京農大を拠点に国際協力

国際食料情報学部国際農業開発学科 教授 志和地 弘信

Orphan Crops(孤児作物)とは、ある地域においては重要な作物であるが、近代的な育種や生産技術の改善などの対象にされてこなかった作物をさす。世界各地で食用とされているイモ類や雑穀などがそれである。気候変動に直面する人類が数種の作物に食糧を依存するリスクについて心配されるなか、東京農業大学では世界でほとんど注目されなかった熱帯・亜熱帯原産のヤムイモの研究で国際協力に取り組んでいる。

 

人類の食料とイモ類

イモ類とは根や茎に炭水化物などの養分を蓄えた植物もしくはその器官である。根や茎に養分を蓄える植物は野生のものも含め世界に1000種類以上あると言われている。イモ類は古来より人類の食料にされてきたと考えられるが、いつ頃から利用されてきたのかはっきりしない。水分が多く腐りやすいイモ類は、種子や種皮を構成する物質が遺跡に残って発掘される穀物と違って、食用とされていた証拠に乏しいためである。

しかし、日本のジネンジョ(自然薯、ヤマノイモ)のように、有毒物質をほとんど含まず、野生でも食用となるイモやムカゴが十分に大きくなるイモ類は、早くから利用されてきたと考えられ、稲作が盛んになる前の日本の食料はイモ類が主だったと思われる。世界をみると、現在でもイモ類を毎日の食事の中心においている地域がアフリカとオセアニアにあり、これらの地域は根菜農耕文化圏やイモ食文化圏と呼ばれている。

 

世界のイモ類生産量

2007年における世界のイモ類の生産量をみると、一番多いのはジャガイモであり、3億2千万トンが生産されている。次にキャッサバが2億2千万トン、サツマイモが1億2千百万トン、ヤムイモ(ヤマノイモ類)が5千百万トン、タロイモ(サトイモ類)が1千5百万トンである。その他のイモ類は7百万トンであり、ジャガイモ、キャッサバ、サツマイモ、ヤムイモおよびタロイモで世界のイモ類の約99%を占めている。

ジャガイモとサツマイモを除いて、その他はあまり日本でなじみがない。それもそのはずで、ジャガイモを除く、キャッサバ、サツマイモ、ヤムイモ、タロイモはそのほとんどが熱帯・亜熱帯地域で生産されているからである。

 

途上国におけるイモ類の重要性

世界における食用作物のなかで圧倒的に生産量が多いのはトウモロコシ、コムギ、イネなどの穀類である(第1表)。これらの作物の中で、途上国が多い熱帯・亜熱帯地域において生産および利用が多いのはトウモロコシ、イネであり、コムギの生産は限定的である。北米や中国(282および139万トン:FAO2005)などで多く生産されるトウモロコシは、そのほとんどが家畜の飼料の他、食用油やバイオエタノールの原料などにされていることから、熱帯・亜熱帯地域に限って考えると、人々に最も多く利用されている穀物はコメであり、次いでトウモロコシであるといえる。

しかし、著者が研究・調査を行っているサハラ以南のアフリカ(以下「アフリカ」と呼ぶ)では、キャッサバとヤムイモが人々の最も重要な作物である。世界で約2億トン生産されるキャッサバは、その半分の約1億トンがアフリカで生産され、ヤムイモは世界の生産量の98%が生産されている。ヤムイモはアフリカの特産作物と言ってもよい。世界の多くの地域でイモ類より穀類が多く消費されているのに対して、アフリカではイモ類の消費の方が多い(第2表)。

 

イモ類の生産性改善の必要性

熱帯地域における農業研究や開発支援はトウモロコシやコメなどの主食穀物、外貨獲得作物に集中しがちであった。国連がアフリカで実施しているミレニアムビレッジプロジェクトなどを通して、アフリカの食料生産を向上させて地域振興を行うためには、国々の内需向け作物、伝統的に利用されている作物の生産性や活用を高めることが重要であると認識されてきた。そこでアフリカに於いてはイモ類や雑穀などの伝統的作物の生産性向上が鍵になる。ところが、アフリカ在来のヤムイモ、タロイモ、モロコシなどはこれまで研究開発の対象にされてこなかったため、非常に低い生産性にとどまっている。

ヤムイモやタロイモの生産性改善については、ヤムイモの一種である長芋や自然薯、タロイモの一種である里芋などに高い生産技術を持つ日本やアジアの国々が支援できるだろう。ヤムイモとタロイモの生産性は日本や台湾でヘクタール当たり20トンであるのに対して、アフリカでは9トンほどである。これらのイモ類の生産に関しては欧米の支援は得られない。なぜならばヤムイモやタロイモは欧米ではほとんど栽培・利用されておらず、ノウハウや研究者が少ないからである。

 

東京農大による栽培技術開発

東京農業大学では20年以上も前から海外調査で収集したヤムイモを用いて研究を行ってきた。これまでの研究によって沖縄のダイジョ焼酎などの特産品が生まれている。著者らは世界で一番多くのヤムイモ遺伝資源が収集保存されているナイジェリアの国際熱帯農業研究所(IITA:International Institute of Tropical Agriculture)と共同研究を進めて、アフリカにおけるヤムイモの生産性を上げる技術開発を行っている。共同研究には大学院生も積極的に参画し、ナイジェリアの現地で研究を行っている。

これまでの研究で、今まで誰もなし得なかったヤムイモの周年栽培と挿し木によって簡単に種芋をつくり出す技術の開発に成功した。この成果については、産経新聞(平成20年8月29日朝刊)と、NHKBS放送(9月25日、今日の世界の特集「気候変動最前線:ヤムイモは地球を救う」)で紹介された。この新しい技術は現在普及に踏み出そうとしている。

 

日本で次回ワークショップ

Orphan Cropsへの取り組みの必要性が話題になった2008年に、スイスのチューリヒ工科大学で初めての国際ヤムイモワークショップが開催された。世界中からたった13名の参加者であったがヤムイモ研究について情報交換を行った。その結果、日本の実用的なヤムイモ研究は世界でも卓越していることが分かった。次回のワークショップは日本での開催が予定されており、本学は今後ヤムイモ研究の世界的な拠点となることが期待されている。

 

参考資料
イモとヒト 2003 吉田集而、堀田満、印東道子(編)平凡社
アフリカのイモ類─キャッサバ・ヤムイモ─ 2006 足達太郎、稲泉博己、菊野日出彦、志和地弘信、豊原秀和、中曽根勝重 社団法人国際農林業協力・交流協会

 

 

 

 

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