東京農業大学

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スーパー農学の知恵

東京農大「先端研究プロジェクト」報告(下)
植物病害抵抗機構の解明めざす

遺伝子組換えイネの作出へ

応用生物科学部生物応用化学科 准教授 須恵 雅之

東京農大の先端研究プロジェクトとして、平成19年度から3年間、「生物的・非生物的ストレス耐性植物の作出」の研究が実施された。ここでは、主に植物病害の抵抗メカニズムの研究と、それに基づく遺伝子組換え植物の作出の展望について報告する。

 

多様な植物病害の原因

植物病害の原因となる生物には、微生物から節足動物、さらには哺乳類のような大型の動物にいたるまで、非常に多様なものが存在する。しかし、野や山で生息している種々の植物が一斉に病気になるというようなことはない。山の木々が広範囲で枯れる、または畑の作物が壊滅的な被害を受ける、といったような現象は確かに存在するが、それらに共通することは、群生している単一の植物が被害を受ける、ということである。

つまりこれは、あるひとつの植物はある特定の生物からしか被害を受けない、ということを示している。言い換えれば、植物はその環境に存在する大多数の生物からの攻撃をブロックするメカニズムを持っているということである。そこで、このような植物の病害抵抗機構を明らかにしようとする研究が古くからされてきた。

20数年前に効率的な遺伝子組換え技術が開発されると、それまでの研究で得られていた病害抵抗の知識を応用しようとする動きが出ることは当然の流れであった。現在、世界で最も多く栽培されている病害抵抗性形質転換作物は、Bacillus thuringiensisという微生物由来の殺虫性タンパク質を発現できるようにした植物である。しかし、このタンパク質は主に鱗翅目の昆虫に効果があるものなので、すべての植物に応用できるものではない。したがって、様々なタイプの遺伝子組換え植物が現在も引き続いて研究されている。

 

コムギの病害抵抗について

植物の病害抵抗反応の一つには、有害な化学物質を蓄積する化学的抵抗がある。この化学物質は通常、二次代謝産物なので、同一の化合物はある特定の植物種にしか発現しない場合が多い。また、この化学的抵抗に関与する化合物は、病原による攻撃を受けてはじめて生合成されるファイトアレキシンと、病原とは無関係に、ある決まった発現パターンを示すファイトアンティシピンに分けることができる。世界三大穀物は、イネ、コムギ、トウモロコシであるが、同じイネ科のこれら植物でもイネのみがファイトアレキシンを産生し、コムギとトウモロコシはファイトアンティシピンを持っている点で異なっている。コムギとトウモロコシは、ベンゾキサジノンという同一のファイトアンティシピンを、特に幼植物中に高濃度で蓄積している。

この化合物は、アワノメイガやアブラムシといった昆虫だけでなく、種々の糸状菌に対する生理活性、さらには、アレロパシー活性なども有していると考えられている。この化合物の詳細な作用機作については、よく分からない点も多いが、植物の防御に大きく貢献していることは様々な状況証拠からも明かである。そこで筆者(須恵)は、コムギにおけるベンゾキサジノン発現のメカニズムを解明すべく研究に取り組んできた。ちなみに、トウモロコシよりコムギに近縁の植物であるオオムギは、野生種以外ではこの化合物を生産しないため、イネ科植物の病害抵抗がどのように進化してきたのか、という点も非常に興味深いといえる。

コムギは主要穀物であるため世界中で研究対象とされているが、ゲノムサイズが非常に大きく、また、3つのゲノムを持つ6倍体植物であるため、イネやトウモロコシと比べて遺伝子レベルでの研究が困難である。そこで我々は、ベンゾキサジノンの生合成・代謝に関わる全遺伝子を特定し、さらにそれぞれの座乗染色体を決定したうえで、3つのゲノムがどのようにベンゾキサジノン発現に寄与しているのかの解析を行うことにした。また、遺伝子発現メカニズムの解明や、さらにはベンゾキサジノンを発現するイネの作出を試みた。

 

座乗染色体の解明

ベンゾキサジノンの一つ、DIBOAは、植物共通に存在するインドール-3-グリセロールリン酸を出発物質として、5段階の反応を経て生合成される。さらに、グルコース配糖体として植物に蓄積された後、植物が傷害を受けると加水分解されて再びDIBOAが放出される。この反応に関する酵素遺伝子を、cDNAライブラリースクリーニングもしくはPCRで単離し、座乗染色体の特定を行った。

また、これと併せて、遺伝子の発現量を解析し、個々の酵素活性も測定した。その結果、これら一連の遺伝子は2番、4番、5番、7番染色体に分散して座乗していることが分かった。さらに、コムギのいずれのゲノム(A、B、D)にも、すべての生合成遺伝子が存在しているにもかかわらず、それらの発現量と酵素活性には差があり、3つのゲノムのうちBゲノムが特にベンゾキサジノン発現に大きく寄与していることが明らかとなった。各ゲノム間で高い塩基配列相同性を示す一方で、このように発現量が大きく異なる理由については現在のところ解明されておらず、今後の研究課題となっている。

近年、植物の二次代謝関連の遺伝子が、クラスターを形成している例がいくつか報告されている。クラスター形成のメリットの一つには、それら遺伝子の発現を簡単に同調させられることがあげられる。しかし、コムギの場合は、ベンゾキサジノン関連の遺伝子は複数の遺伝子座に分散していることが示されたため、この機構にはあてはまらない。このように、コムギの病害抵抗遺伝子が共発現する機構もいまだ不明であるため、今後、これら遺伝子の発現調節領域を解析してゆく予定である。

 

6つの遺伝子をイネに導入

上で述べたように、同じイネ科植物のイネとコムギでは、病害抵抗のメカニズムが全く異なっている。そこで、コムギのベンゾキサジノン関連遺伝子をイネに導入することで、イネに何らかの有用な形質が付与されるかどうかを検討することにした。イネにはインドール-3-グリセロールリン酸以降の遺伝子が完全に欠落していることが、データベース検索で分かっている。そこで、DIBOAのグルコース配糖体までの6つの遺伝子をイネに導入することにした。

特に食用を前提とした作物の形質転換の場合、遺伝子の発現部位などは通常厳密にコントロールされるべきである。しかし本研究では、まず、目的とする形質を発現させることを最優先として、全身に恒常的に発現させるプロモーターを選択した。アグロバクテリウムを用いた形質転換を行うために、目的遺伝子を導入したバイナリベクターを作成し、イネ胚盤カルスに感染させて形質転換体の作出を行った。生育させた植物体から、ゲノムDNAやRNAを単離してPCRにより遺伝子の発現を確認し、また、一つの酵素については酵素活性の測定も行った。

結果的に、6つの遺伝子を同時に導入することは予想以上の困難を伴い、また、イネのライフサイクルの長さもあって、3年というプロジェクト期間ではその耐病性の評価をするまでにはいたらなかった。しかし、現在も栽培を継続して行っているので、形質転換体の種子が十分採れた後には、耐病性の評価をする予定である。

 

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