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東京農大の教員がキミを学問の世界へナビゲート

馬と人の古くて新しい関係

生物産業学部生物生産学科 教授 横M 道成

「人とコミュニケーションができる家畜」として馬は長年人の役に立ち親しまれてきました。 しかし、現在私たちの周りで見かけることが少なくなりました。
そこで、東京農業大学生物産業学部生物生産学科の横濱道成教授が、馬と人の新たな関係づくりについて語ってくれます。

 

馬と人の歴史

いまから約5千年前、それまで食料として狩猟の対象であった馬(ウマ科ウマ属)の家畜化が始まりました。人が馬の速く走る能力や持久力に着目し輸送・移動の手段として利用するようになったからです。

その結果、人は大量の物質を遠くまで運搬することができるようになりました。さらに荒れ地を開拓し、広い農地を耕作し、馬は人類の文明発展に大きく貢献してきたわけです。馬の種類も農耕に適した品種、軍事用の騎乗馬など用途ごとに200種類を超える改良がなされました。

しかし自動車などの文明の利器の発達と引き換えに馬の需要は急速に減少し、また農業の機械化により農耕馬の活躍する場も少なくなってきました。たとえば、「ドサンコ」として知られる北海道和種馬(在来種)は、明治末に9万頭を超えていたといわれていましたが、現在では1400頭余飼育されているにすぎません。世界的にみても娯楽用の競走馬(サラブレッド種)こそ残されていますが、馬品種の数は減少の一途です。

 

馬は人の心を癒すパートナー

馬は元来「丈夫で力持ち」であり、さらに人による改良により、多様な用途に適した遺伝子をもっています。馬をいかに利用するか、その可能性は実は私たちの想像を超える大きなものなのです。ところで、動物はひとたび絶滅してしまうと、その品種を復元するのは非常に困難です。馬の多様な品種を保存するのは人の大事な役目といえるでしょう。

もちろん馬が人に使われる経済動物である以上、今後生き残っていくためには、馬に遺伝資源的価値があること、つまり人に役立つ価値があることが求められます。そのため従来の用途を見直し、人と馬の新しい関係を作ることが必要となります。

一つの例として、ここ数年注目されているのがホース・トレッキング(人馬と自然とのふれあい)やホース・セラピー(障害者の機能回復や情緒教育)です。ホース・トレッキングはコンパニオン性のある種類の馬を利用しています。人のストレスを解消し癒し効果が格別です。ホース・セラピーは癒しに加えて、揺れる馬上で馬にしがみつこうと体のいろいろな筋肉を使うことがダメージを負った機能の回復に効果があるのです。

 

森の番人

そのほかに、馬を森林や原野の生態系の管理者として活用することが考えられています。

みなさんは、北海道の原野に広がる植物の群落││原生花園を目にしたことはありますか。海岸ぞいの砂丘にハマナスやエゾキスゲなどが咲きそろうさまはみごとです。この原生花園の中に馬の習性を生かして、アヤメの群生を保護しているところがあります。馬は刺激的なにおいを嫌う傾向があり、においの強いアヤメの花は食べません。アヤメの群生地に馬を放しておくと、イネ科などの草だけを食べるので結果的にアヤメが保護されることになるのです。

同様に馬の性癖を利用した、シラカバの保護も考えられています。シラカバの皮は薄くて油性成分が多く、栄養分は少ないので、馬は本能的にシラカバを食べることはせず、下草を食料とします。シラカバの林の中で馬を放牧すると、美しいシラカバの林が残るというわけです。観光地の美しい景観は観光資源としての価値が大きいですが、実際の管理には大変な手間がかかります。そのために人手や機械を使うのではなく、草と塩と水さえあれば十分に生きていける馬の利用が見直されてきているのです。

人と有用動物とのかかわりを科学的に考え、新しい関係づくりを探求するのも農学のおもしろさです。

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