東京農業大学

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スーパー農学の知恵

食品資源としてシルクを見直す

シルクタンパク質の栄養学的研究

応用生物科学部生物応用化学科 教授 田所 忠弘

シルクは純白、気品高い繊維であり、高級織物としてのイメージが強い。10年ほど前に東京農業大学の総合研究所客員教授で野蚕学会会長でもある赤井弘先生から、シルク産業の衰退歯止めと屑絹の有効利用が非繊維分野の研究でも可能か否か何か研究をとの要請があり、それを契機に本研究がスタートした。当時、非繊維分野、とくに食品業界ではごく一部の人々がうどんやパンにシルクをパウダー化したものを混ぜて製造していたに過ぎず、それが栄養学的見地からなんの意味があるのか全く不明でもあった。文献調査からは、農工大学の平林先生がラットを使った研究から血中コレステロールを下げる作用を見出した報告があった程度で、専門的な栄養学の立場からの研究は見当たらず、研究の必要性が直感された。

そこで、シルクの非繊維分野における本格的な有効利用を目的として、シルクを食品として食した場合を想定し、栄養学の基本であるシルクタンパク質の消化・吸収性の基礎的研究から紐解くこととし、食品の機能性研究に対して大変興味を抱いてくれた源川博久大学院生の研究テーマに据えながら栄養学分野におけるシルク博士1号を目指し、当研究室の山本祐司講師(現助教授)とともに研究を進展させた。

 

シルクはタンパク質のかたまり

シルクを作成してくれる蚕は多種にわたるが、主に桑の葉を食する家蚕のシルクがその中心となる。しかし、最近では野生の蚕が作るシルクの特性も明らかにされたことから野蚕シルクの需要拡大も急速に進展し、各分野での実用化も成され始め、農学部農学科の長島孝行助教授のところでも日本をリードする研究成果を挙げている。家蚕、野蚕を問わずシルクは、セリシン(20〜30%)とフィブロイン(70〜80%)の2種類のタンパク質から成り、我々の体に必要な必須アミノ酸は、それぞれ約25%、10%と他食品素材のタンパク質と比較しても極めて少なく、良質のタンパク質源であるとは云い難い。

しかし、現在では、主にフィブロインを工業品、化粧品、医薬品あるいは食品分野など多岐に渡って使用しており、その需要も拡大している。とくに食品分野では健康食品ブームとも相俟ってフィブロインをペプチドやアミノ酸まで分解、パウダー化し、イメージの高い食品素材の一つとして販売もされている。しかしながら、シルクタンパク質を巡る栄養学的研究の広がりはなく、基礎的データはほとんど不足した現況にある。

一方、日本では糖尿病、高血圧、高脂血症といった生活習慣病が増加し、肥満を巡るメタボリックシンドロームが問題となっている。当研究室では生活習慣病の発症に栄養が深く関わっていることを踏まえ、健康を支える機能性食品への未利用資源としての応用、実用化の可能性を開く意味から我々の研究を通じて明らかとなったシルクタンパク質の消化・吸収性と機能性の一端について紹介させて頂きたい。

 

水溶性シルクタンパク質の一般成分

ラットに給与させるための飼料用として、適当な収量的スケールアップとより高い精製を目的に水溶性シルクタンパク質、セリシン試料とフィブロイン試料を調製し以下の実験用に供した。セリシンおよびフィブロインの一般成分は、それぞれ蚕体内や絹糸の組成とほぼ同様であり、両タンパク質ともに90%以上のタンパク質含量を示し、高純度タンパク質試料として得ることができた。また、そのアミノ酸組成も、それぞれがほぼ同様の組成であった。

 

消化・吸収性はどの程度あるか

シルクタンパク質は消化されにくいタンパク質といわれてきたが、実際の消化率は不明なままであった。そこでまず、水溶性シルクタンパク質が消化されて生体内に吸収されるか否か確認するため、シルクタンパク質をゾンデにて経口投与した後の門脈血中の遊離アミノ酸分析を行なった。その結果、各タンパク質の特徴的なアミノ酸組成を反映していたため、絹タンパク質は消化作用を受けて吸収されることが確認できた。次に、どの程度消化されるかin vitroによる人工消化試験ならびにin vitroでのラットにおける消化試験を実施した。まず、in vitroの人工消化試験では3つのプロテアーゼを連続的に作用させた結果、セリシンでは約38%、フィブロインでは約58%の消化率を示した。ラットによる真の消化率(TD)は、それぞれ約50%ならびに約66%を示す結果(表1)が得られ、従来云われていた消化率より高い消化性を持つことが分かった。

 

血清コレステロールに及ぼす影響

過剰の食餌コレステロールの摂取は、体内に吸収されて血清や肝臓などの臓器中コレステロールが上昇する。そこで、コレステロールを添加した飼料にシルクタンパク質を加えておくことで、血清コレステロールの上昇が抑制されるか否かラットを用いた実験をおこなった。

牛乳タンパク質摂取群を対照基準に、フィブロイン(シルクタンパク質)と大豆タンパク質摂取群を設定し、各群の実験飼料には、コレステロールを1%含有させ、タンパク質量が20%となるように調製、これらの飼料を自由に摂取させ、21日間飼育後、種々の分析をおこなった。

その結果、体重増加量や臓器重量などでは、有意な差はなく、血清コレステロール値は牛乳タンパク質群に対してフィブロイン、大豆タンパク質群で有意に上昇が抑制され、その程度はフィブロインの方が大豆タンパク質よりも大きかった。また、トリアシルグリセロール(中性脂肪)でもフィブロイン、大豆タンパク質群で有意に上昇が抑制されていた。

一方、フィブロイン群とフィブロインと同じアミノ酸組成の混合物でも比較検討したところ、アミノ酸混合物はフィブロインほど血清コレステロールを低下させない結果が得られた。

続いて、高コレステロール状態のラットを作成し、コレステロール低下作用を発揮するか否か同様な実験で検討した。その結果、血清コレステロールは牛乳タンパク質群に対してフィブロイン、セリシン群で有意に低下し、その作用はフィブロインの方がセリシンよりも大きかった。この実験においてもフィブロイン、セリシン群とフィブロイン、セリシンと同じアミノ酸組成の混合物で比較検討したところ、アミノ酸混合物はフィブロイン、セリシンほど血清コレステロールを低下させなかった。よって、シルクは健康食品などに用いられているような分解したアミノ酸混合物で摂取するより、タンパク質として摂取するほうが効果の大きいことが明らかとなった。

 

脂質過剰摂取時における影響

過剰の脂質摂取は、体に脂肪として蓄積されるだけではなく、コレステロールの上昇にもつながる。このように、コレステロールの上昇が懸念される食餌を摂取した場合においてもシルクタンパク質の機能性が発現するか検討してみた。各群の実験飼料は、脂質を通常の2倍含有させ、タンパク質量を20%になるように調製した。シルクタンパク質群は、15%の牛乳タンパク質と5%のシルクタンパク質を含有しているように調製した。これらの飼料を自由に摂取させ、21日間飼育をおこなった。その結果、肝臓や内臓脂肪など、脂質含量の多い臓器の重量で、牛乳タンパク質群に対してフィブロイン群で有意に上昇を抑制した。血清コレステロール値は牛乳タンパク質群に対してフィブロイン、セリシン群で有意に低下し、その作用はフィブロインの方がセリシンよりも大きかった。トリアシルグリセロールにおいても牛乳タンパク質群に対してフィブロイン、セリシン群で有意に低下し、その作用はフィブロインの方がセリシンよりも大きかった。また、肝臓におけるコレステロールやトリアシルグリセロールについても低下が認められた。

これらの結果から、シルクタンパク質の摂取はコレステロールの上昇が懸念される場合においてもコレステロールの上昇を抑制しうることも明らかとなった。

 

血糖値に及ぼす影響

血糖値異常は、糖尿病に代表される疾患を発症させることが知られるが、過剰の糖質は体に脂肪として蓄積されるため、肥満症などとの関係も深い。これらのことから、まずシルクタンパク質が血糖値に影響を及ぼしうるか検討をしてみた。

まず、薬品で糖尿状態を誘導したモデルラットや正常ラットを用いて糖負荷試験(OGTT)をおこない血糖値の推移を確認した。その結果、どちらの条件においてもスクロースを摂取したものと比較してセリシンやフィブロインをスクロースと同時に摂取させることで血糖値の上昇は抑制された。そこで、作用機構の一因となる糖質の吸収に重大な影響を及ぼす二糖類消化酵素の阻害作用について検討を加えた。セリシン及びフィブロインは、タンパク質そのものでの阻害活性は認められず、タンパク質分解酵素で処理すると酵素阻害活性は高くなり、セリシンよりもフィブロインでその阻害活性が高かった。続いて、過剰の糖質摂取や血糖値異常はコレステロールや脂質の上昇にもつながる。このように、コレステロールの上昇が懸念される状態においてもシルクタンパク質の機能性が発現するか検討をおこなった。糖尿状態を誘導したモデルラットを作成、糖尿状態を確認し実験に入った。各飼料は自由に摂取させ、21日間の飼育をおこなった結果、セリシン群で空腹時血糖値の低下傾向が見られた。血清コレステロール値では牛乳タンパク質群に対してフィブロイン、セリシン群で有意な低下を示した。

以上のことから、シルクタンパク質は糖尿状態に見られる耐糖能異常を改善することは難しいが、血清コレステロールなどの脂質成分を低下させたため、合併症発症の遅延や併発に有効であると考えられる。また、OGTTの結果から食後の急激な血糖値の上昇を抑制できるため、特に糖尿病患者の食事コントロールに対しても良い効果をもたらすと考えられた。

 

今後のシルクタンパク質研究

これまで述べたように、シルクタンパク質は脂質が危険因子に挙げられる生活習慣病に対して、有効な機能性を発揮すると考えられ、これら以外でも抗酸化作用、アレルギー抑制効果、血圧低下作用さらにはヒト線維芽細胞の増殖促進などの機能性が示唆されており、それらの作用機序についても今後研究を進展させなければならない。一方、薬品を使用せず、野蚕シルクを微粉末化する蒸煮・爆砕機処理による新しい方法も開発されたことで、物理的、化学的条件の違いによる機能性発現の有無などについても今後明らかにされるものと期待できる。

シルクは従来、消化されにくいタンパク質といわれ、食品分野で利用する場合に重要と考えられる消化・吸収性についてはなぜか明らかにされてこなかった。しかし、我々の研究結果から、従来考えられてきたよりも消化・吸収されることも分かり、利用可能なタンパク質源であるとともに体内吸収後に発揮される機能性あるいは吸収以前の機能性も含めてさらに検討を加えていく必要がある。

最後に、シルクの食品分野における利用は健康食品関連に集中しているため、研究を進めていく過程でその機能性を生かした実践的な利用方法も考えていく必要がある。例えば、他栄養素と融合させ摂取するなど、シルクタンパク質だけを摂取するのではなくこれまでの日常の食生活の中で無理なく摂取できるようにすることが、一過性のブームではなく食習慣としての定着性からも重要であろう。

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