東京農業大学

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教員コラム

目の前にある凍る海は、研究対象の宝庫

食料問題と環境問題の鍵を握る植物プランクトン

生物産業学部アクアバイオ学科 教授 谷口 旭

 「とにかく最初に強調しておきたいのは、凍る海を研究できるのはこの大学しかないということです」と、穏やかな口調で語り出した谷口先生は、南極観測隊員として南極の海を調査した経験をお持ちになる。

生物産業学部アクアバイオ学科 教授 谷口 旭

そんな先生が「 世界的にもたいへん珍しく貴重な凍る海が目の前にあるんです。しかも、南極では氷の生成過程、融解過程は確認できませんが、それさえもここではできます」と特徴を熱く語る網走沿岸のオホーツク海は、北半球で凍結する海の最南端。キャンパスから望めるその海には、研究者なら誰もが羨む恵まれた研究対象が詰まっている。今春には、オホーツク海を臨む汽水湖、能取湖畔に『オホーツク臨海研究センター』が完成し、研究の前線基地も整った。

谷口先生の専門は植物プランクトン。海の食物連鎖の出発点である。流氷の中ででも死滅せず、融けだすことで、小魚達の餌になる。流氷の恵みなどという言い方をするのはそのためだ。小魚が群がっている。その小魚をそれより大きな魚が食べ、それをさらに大きな魚が狙っている。

「プランクトンは数日、数週間という短期で世代交代をしていきます。これに依存している魚も寿命が短いわけですが、そのことは生産速度が速いということを意味します」。世界の漁獲高が安定している理由もそこにある。卵から親になるまでが短時間であるため毎年何百万トン獲っても簡単には枯渇しない。手間ひまかけて育てる陸上の動物タンパク源(牛・豚など)と違うのだ。

だからこそ食料問題解決に貢献できる大きな可能性を見出せるわけだが、それだけではない。地球温暖化の抑制、つまり環境問題解決に役立つ可能性さえも秘めているのだという。

「植物プランクトンが増えると当然その分光合成が活発になります。海水中の二酸化炭素を使って酸素を増やし、そうなると水の中の二酸化炭素が減り、空気中から水の中へ二酸化炭素が溶けていくわけです」。それだけでも大気中に二酸化炭素減少につながるが、「その過程でできた有機物が深海へ沈んでいくと、例えば太平洋の日本近海なら6000mになりますが、そこまで有機物が沈めば、いずれ分解され二酸化炭素になるといっても、この二酸化炭素が空気中に戻るためには深層水が表面まであがらなくてはいけません。北太平洋の場合は数百年かかります。2000年かかるところもあります。大気中に増えた二酸化炭素が数百年~2000年ぐらいは深海へ閉じこめられます。

これが僕が考えている環境修復のひとつの目的なんです」。

植物プランクトンの量や種類をコントロールできれば、魚の生産を持続的に増やす方へ向けるか、地球温暖化抑制の方へ向けるかを選択することができるというのだ。

誰もが驚愕した逆転の発想

ところで、「植物プランクトンを増やす、増える」というと、思い浮かぶのは『赤潮』。その心配はないのだろうか。

「植物プランクトンと一言でいいますけど、数十万種類あります。その中には魚の生産に直結しやすい種類もありますし、赤潮になりやすい種類もあります。これは別の種類なんですね。どの種類がどういう時に増えるかというのは環境で決まるわけです。その環境のありようを我々がコントロールすることができればというのがひとつの研究の目的ですが、赤潮つまり、富栄養化に対するアプローチも、そもそもひとつではないんです」。

水環境の富栄養問題解決には、これまで余分な栄養塩をいかに除去するかだけが考えられてきた。富栄養というくらいなのだから当然の考え方だ。ところが、谷口先生は「除去するのではなく、加える」というのだから驚くしかない。

「栄養塩の中で窒素の比率が多すぎるのが赤潮です。何に対して多いかといえば、リンやケイ素、鉄。ですから、リンやケイ素、鉄などの栄養塩を加えればいい」と考えたのだ。なんという発想の転換。しかも、それには製鉄所などで出るスラグという副産物、廃材のようなものを投入するだけ十分だというのだ。

過多だからと引き算だけを考えるのではなく、逆にたし算ではどうかと考えるという柔軟さ。学生には柔らか頭を身に付けて欲しいとも言う。

「同じプランクトンの研究でも見方、応用の仕方というのはいろいろありうるわけです。そういう視野、発想を身に付けるには、たとえば環境なら、自分が勉強する水圏環境だけでなく地球全体の環境、陸上の環境、生態系など総合的な視野を持って初めてできるわけです。そうした発展的な考え方は、社会に出ればどんな分野でも役立ちますからね」。

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