東京農業大学

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教員コラム

世界一、七千の菌株保存 植物性乳酸菌に熱い視線

2010年10月15日

応用生物科学部 岡田 早苗 教授

東京農大応用生物科学部の研究棟の一角に、「菌株保存室」がある。

入ると、ひんやりとする。ここは室温5度に保たれていて、真空のアンプルに収められた細菌や酵母などの微生物約7000株が保存されている。うち各種の乳酸菌は約5000株に及ぶ。

日本一、いや、恐らく世界一の菌株コレクションと言えるだろう。

「微生物の研究が進んできた近年、この部屋の菌株も毎年数百の単位で増え続けています。この中から、人類に有益で機能性の高い微生物をどれだけ見つけることができるか。私たちに課せられた大きなテーマです」

この菌株保存室長にして、乳酸菌の機能性研究の権威である。穏やかな笑顔は絶やさず、その澄んだ眼差しは、好奇心あふれる少年のようにも見える。

生い立ちを伺うと、「実は旧満州生まれです」。とは言っても、終戦から5年後の1950年(昭和25)5月の生まれだ。中国吉林省の長春(旧満州の新京)に住んでいた一家は、大学准教授(地質学)だった父の仕事の関係で引き揚げが遅れて、帰国したのは53年、3歳だったから、そのころのことは記憶にはない。いったん両親共に実家がある京都に住んで、すぐ東京に移った。

「子どものころから、生物が好きでしてね。少年雑誌の付録にあった、おもちゃのような顕微鏡で楽しんでいました」

小学校4年か5年のころのことだ。風邪で医師の診察を受けたとき、その医師が言う「抗生物質」という言葉が気になった。「帰宅して、母に聞きました。母も医師の娘でしたから、微生物が作る微生物を殺す薬だと説明をしてくれて…」

微生物の不思議が、生物大好き少年を大いに刺激した。その将来を決めたと言っても、それほど大げさではないだろう。理系に疎い身としては、このときの母子の会話に感服するほかにない。

中学、高校ともに生物部で生きものに接し、1969年(昭和44)、東京農大農学部農芸化学科に進んだ。人類に貢献する学問として、「応用微生物学」が花形になりつつあった。大学院博士課程を経て、微生物研究一筋の道を歩む。農芸化学科は現在の応用生物科学部の母体である。

「植物性乳酸菌」という言葉を初めて世間に広めたのは、1988年(昭和63)だった。「場を浄める乳酸菌」と題する論文を雑誌「微生物」(医学出版センター)で発表した。乳酸菌の機能を「浄める」と表現した上で、その生息する場所による区分として、動物性と植物性の二つを示したのだ。

ミルクを栄養源とする動物性のそれに対して、穀物や野菜など植物に生息する乳酸菌は、過酷な環境にも耐える特質がある。整腸作用やコレステロール低下など、人の健康に寄与する様々な機能が注目され、以降、各企業が植物性乳酸菌を利用して開発した健康飲料などは10種にも及ぶ。テレビの健康番組などでしばしば取り上げられているのは、ご存じの通りだ。

「植物性乳酸菌の機能のほとんどは、まだまだ明らかではない。今後、人類に果たす可能性はきわめて高いでしょう」

ひんやりとした菌株保存室は、未来に開かれた「宝庫」として、企業などの研究機関から熱い視線が注がれている。

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