東京農業大学

メニュー

教員コラム

地域伝統発酵食品と微生物

2017年6月1日

生命科学部分子微生物学科 教授 内野 昌孝

日本にある様々な伝統食品

 日本は周囲に海、内地には山があり、また、はっきりとした四季もあるため、食材に恵まれた国の一つである。今でこそ飛行機や列車、車を利用することで気楽に移動することが可能だが、交通機関が発達する前までは数十㌔を1日かけて移動するような状況だったため、各地域で固有の文化が創られ、その地域の伝統食品が生まれてきた。伝統食品には発酵食品も含まれ、代表的な味噌や醤油、日本酒、漬物などは日常に欠かせない身近なものである。面白いことに、醤油や漬物にはJAS規格による定義があるが、味噌や日本酒にはその規格がなく、表示や分類による区分が中心となる。漬物は地域により食材や調味料、製造法が異なるためJAS規格の幅が広いことが特徴である。
 さて、発酵食品の中には生産される地域やその周囲でのみ食されるものも多いため、全国的に知られていないものも多数残っている。その製造メカニズムを明らかにすると、その地域でなぜそれが生産されたかが理解できるとともに、新しい食品製造へのヒントにもなるのでとても興味深い。本稿では他の研究者と調査・研究してきた発酵食品の紹介とその発酵に関わる微生物について解説する。


長崎県対馬市の伝統発酵食品「ろくべえ」について

 長崎県対馬市には「ろくべえ」と呼ばれる麺がある。サツマイモを原料とし、製造過程で微生物による発酵を伴うのが特徴だ。サツマイモの麺というとイモ独特の匂いや、繊維が多く食感が悪いと思われるかも知れないが、実際に食べてみると、イモの匂いは残っておらず、食感はコンニャク麺をさらに柔らかくしたようなものだ。食感を測定する物性測定装置で測ってみても独特のパターンを示していた。
 さて、この「ろくべえ」は「せんだんご」と呼ばれるサツマイモを加工したものを原料としている。その製造法は、12月頃にサツマイモをスライスまたはつぶしたものを水に漬ける。数日から1週間、水を適時入れ替えていく過程で酵母や細菌が繁殖し、後半は微生物が出すガスにより泡でボコボコした状態になる。その後、水から引き上げてしばらく放置すると自然とカビが生育し、このカビが様々な酵素を生産し、イモの成分を部分的に分解する(カビというとカビ毒が心配だが、岡田早苗東京農大教授(当時)のグループが最終製品にカビ毒が残っていないことを確認している)。その後、乾燥や浸漬、ろ過などを繰返して「せんだんご」ができあがる。この「せんだんご」ができるまでには、数か月の時間と労力がかかり、近年、生産者が少なくなっているのが気がかりである。
 この「せんだんご」をお湯でまぜ、専用の穴の開いた板を通してゆで上げると麺体「ろくべえ」となる。これをうどんのようにだし汁にいれて食す。独特の食感はなぜ生まれるのか。成分分析や成分染色後の顕微鏡観察を行ったところ、95%程度がデンプンで残りの5%が食物繊維のセルロースとペクチンだった。セルロースは紙の主成分でもあり、しっかりとした繊維質だがペクチンは糊のような性質を持っている(ジャムの粘りの主体はペクチンである)。さらに、観察の結果、繊維質にデンプンがペクチンを介してくっついており、これが独特の食感の元になっていることが明らかになった。さらに、モデル試験をすると、ただ材料を同様の比率で混ぜるだけではだめで、部分的な分解をしないと程良い食感にならないことも分かった。
 これを微生物の性質や働きと併せて考えると、最初の水の浸漬では小さな栄養成分を微生物が食べるだけで食感には影響しないこと、カビが出す各種酵素により、サツマイモの成分が部分的な分解を受けて独特の食感を形成することが分かった。現在、これまでに明らかになった知見を元に、短期間かつ低労力で製造できないか、また、大量に生産できないかなどを東京農大食品加工技術センターの岡大貴助教と詰めている状況である。


高知県大豊町の伝統発酵食品「碁石茶」について

 日本においてお茶というと大半の人が日本茶を連想すると思うが、微生物を使った「後発酵茶」が一部の地域で生産されている。良く知られる後発酵茶は中国のプーアル茶で、これはカビを使って発酵するタイプである。高知県大豊町で生産されている「碁石茶」は通常の日本茶とは異なり、使う茶葉は茶樹の先端だけでなく、樹木の下の方まで利用する。伐採した茶樹を蒸煮して枝を除去後、数日間室に入れてカビの生育を促す(1次発酵)。その後、桶に入れて数週間発酵を行う(2次発酵)。ここでは乳酸菌が乳酸発酵を進めて独特な風味を形成する。その後、数㌢角に切り出し天日乾燥して、製品となる。味は紅茶のような独特な苦味を持つとともに乳酸特有の柔らかい酸味がある。アンケート結果によると、高齢の方が好む傾向にあり、これは漬物などの時代による食文化の違いを反映したものと思われる。また、高知大学の受田浩之教授らが味覚センサーを用いて味のパターン解析を行った結果、赤ワインに類似する傾向があったと報告している。さらに、同グループは碁石茶に抗酸化活性や動脈硬化抑制効果、メタボリックシンドロームに対する有用性を報告している。
 さて、発酵過程における微生物の役割は以下のように考えている。すなわち、1次発酵ではカビが生育し、これが茶葉の細胞壁を壊す酵素を出し、茶葉の表面を傷つけて次の発酵が進みやすくするとともに、茶葉の成分をより有用なものにしていると考える。また、2次発酵では酵母と乳酸菌が関与しており、酵母がエステルやアルコールなど香りに関わる物質を生産して風味を形成し、乳酸菌が酸を生産して酸っぱさを出している。ここで学術的に興味深いのは生育する乳酸菌の種類が限られていることである。実は茶葉を蒸煮した時に出てくる蒸汁を2次発酵時に加えることが伝統的に行われてきた。なぜこれが必要かは明確に伝承されていないが、我々の研究の結果、蒸汁に含まれるポリフェノールが雑菌を抑えるだけでなく、2次発酵で増殖する乳酸菌を制限することで、乳酸をしっかりと生産する菌種だけが結果として生育できる環境を作っていることが明らかになった。また、ポリフェノールの量を考えると、蒸す際に枝を入れることは、枝内部のポリフェノールも回収されるため、とても理にかなっていると思われる。


関東の「くずもち」について

 くずもちは東と西で異なる。本来、くずもちは葛(くず)から採取したデンプンを加工した食品で独特の透明感と食感がある。ただし、現在は葛を原料にするとコストや労力がかかるため代替品を用いている場合もある。西はこの流れできているが、東では川崎大師のお土産で知られる様に白く濁ったものである。実はこれは小麦粉のデンプンを発酵したものである。小麦粉というとパン、うどん、ラーメン、お菓子のイメージがあり、これらは小麦粉の中のグルテンというタンパク質が重要であることが分かっている。ちなみにこのタンパク質のみを主原料として製造されているのが麩である。
 さて、小麦粉から分別したデンプンを1~2年発酵させ、洗浄、乾燥したものを材料に東のくずもち「久寿餅」を製造する。発酵過程では乳酸菌をはじめとする各種微生物が存在し、これらの活動によってデンプンなどが部分的に崩壊し独特の食感が作り出される。微生物学的に面白いのは、発酵過程でのpHが3~4と多くの微生物が死滅または活動休止する域であることで、別な視点で考えると特別な能力を持った微生物が存在する可能性が高く、新たな発見につながると考えている。


終わりに

 環境中には様々な微生物が存在するが、独特な発酵食品の製造は微生物にとって特殊な環境を用意することとなる。そのため、調査によりどのような微生物がどの様な役割を持つか明らかにするだけでなく、特殊環境で珍しい微生物や変わった微生物が生育しやすくなり、結果として新しい微生物に巡り合えることがある。伝統的な食品を改めて見直すことで新たな発見があるのは実に愉快なことである。

ページの先頭へ