東京農業大学

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教員コラム

ダイコンの多様性解明に向けたゲノムの解読と遺伝子データベースの構築

2015年7月1日

農学部バイオセラピー学科 准教授 三井 裕樹

日本人とダイコン

 ダイコンはアブラナ科の1年生草本で、学名をRaphanus sativus L.という。私たち日本人にとって最も親しまれてきた野菜と言ってよいだろう。中国から伝来したダイコンは、奈良・平安時代には高級野菜として主に公家の食事に使われ、鎌倉時代以降に全国に伝播して各地に根付いていった。栄養分の少ない痩せた土地でも育つため、飢饉のときの救荒作物として活躍し、さらに健康維持や病気改善のための薬用作物としての役割も果たしてきた。こうして庶民の味として地域の風土に育まれながら育種や改良が進んだ結果、数百あるいは千を超える品種が誕生し、我が国は世界最大のダイコンの生産・消費国となった。また米食との相性がとても良く、日々の食卓のなかで主要な座を占めるほど多彩な調理法が開発されていった。漬物、汁物、煮物、乾物、菜飯、おろし等々、今でもダイコンの食習慣は私たちの生活に根付いている。
 このように、ダイコンはかつて日本で最も生産、消費されていた野菜であった。しかし、戦後の高度成長期にかけてジャガイモに1位の座をゆずり、生産・消費量は減少傾向にある。現在、野菜類(根菜類、葉茎類、果菜類を含む)のなかで、収穫量ではダイコンは第2位を保っているが、平成22年に出荷量第2位の座をキャベツにゆずっている(農水省作況調査)。食生活の変化に伴う米食の減少が一因として挙げられるが、一方で、野菜類全体の生産・消費量が減少傾向であり、我が国の農業活動自体の活力低下が懸念される状況である。
 ダイコンと聞いて、多くの人は首が青くて根がまっすぐ円柱状に太る「青首総太系」品種をイメージするだろう。現在市場に流通するダイコンの95%以上がこの系統なので仕方がないことだ。農産物直売所などでは、地産の在来品種が販売されていることもあるが、実際に購入する人はそれほど多くないだろう。ダイコンの地域在来品種には、根の直径が30cm以上にもなる桜島大根や長さ2mにも達する守口大根に代表されるように、根の形や大きさをはじめ、味や栄養価を左右する含有成分(水分や糖、デンプン、ビタミン類、辛味成分、アミノ酸含量など)、色などにきわめて幅広い変異が見られる。ダイコンの在来品種は他国に類を見ない重要な遺伝子資源である。そして、地域の風土とともに暮らしてきた日本人の生き方を映す文化的資源としての代えがたいものであり、私たちはこの豊かな食文化の多様性を残していかなければならない。

 

解析基盤のゲノム情報を構築

 経済的・社会的な重要性が高いダイコンについては、栽培法や栄養価などに関する研究は多くなされてきたが、一方でDNAなど分子レベルでの研究は他の主要作物と比べて進んでいないと言える。筆者の所属する東京農大は“大根踊り”(正式名称は「青山ほとり」)で知られるが、意外なことにこのシンボル的野菜に関してあまり研究がされてこなかった。本学にゲノム解析センターが設置され大規模なデータ解析が可能になったこともあり、2011年から3年間、東京農大先端研究プロジェクトとして、ダイコンのゲノム配列(全DNA配列)解読に取り組み、今回の成果に至った。プロジェクトはまず、主要な栽培品種である青首系ダイコンの純系系統を株式会社サカタのタネに提供いただき、ゲノムを決める“モデルダイコン”として設定した。ゲノムの解読は本学生物資源ゲノム解析センター、農業生物資源研究所、三菱スペース・ソフトウエア株式会社などと連携して、次世代シーケンサーと呼ばれる新型のDNA塩基配列解読装置を用いて行った。
 構築されたゲノム配列はダイコンの全ゲノムの推定値(約5億7000万塩基対)の約70%を復元するものであった。これまでの研究で、ダイコンおよび近縁な野菜類であるハクサイやカブ、キャベツ、ブロッコリーなどの仲間(Brassica属)は、共通の祖先においてゲノムが3倍化していて、3つのコピーを持っていることが分かっている。そのため類似した配列が多く、ゲノムを全て復元することが難しいのである。
 構築されたゲノム配列を、既にゲノムが解読されているアブラナ科植物のものと比較したところ、ダイコンとハクサイの祖先が分岐したのは約1670万年前頃と推定され、ゲノムの3倍化が起こった時期と重なることが示唆された。このことから、過去に生じたゲノムの構造の大規模な変化が、ダイコンやBrassica属というアブラナ科の主要な野菜類の多様化を促した可能性が示された(図1)。生物はゲノムのコピーを複数持つことで、それらのコピーの配列を少しずつ変えていき、新しい機能を持った遺伝子を獲得することができる。アブラナ科野菜類の特徴的な進化は、ゲノムの3倍化によって使える遺伝子の数が増えたことが大きく関与している可能性が高い。
 これを示す例を紹介する。ダイコンの根や葉にはアブラナ科植物に特徴的なカラシ油配糖体が多量に含まれている。これが、すりおろされるなどして細胞が破壊されると、近くの細胞に蓄えられていたミロシナーゼという酵素がカラシ油配糖体と出会って反応し、辛味成分が生成される。他のアブラナ科植物で、ダイコンほど辛くはない種では、酵素ミロシナーゼをつくる遺伝子を1〜3つ程度持っているのに対し、ダイコンにはこの遺伝子のコピーが10以上も存在していた。さらに、ダイコン同様に辛味をもつカブ、カラシナなどを含むBrassica属野菜においても、ミロシナーゼ遺伝子の数が増加していることが明らかになった。辛味の強さはダイコンの在来品種間の味と香りを特徴付ける重要な要素である。この辛味成分には脂質分解の促進、冠動脈疾患の改善、抗がん作用があり、注目されている。今後は、辛味ダイコンなど非常に辛い品種と、辛味が少なく甘い品種間で辛味遺伝子の数や機能を比較して、品種間でのちがいをつくりだすメカニズムに迫りたいと考えている。

 

根を太らせる遺伝子に迫る

 得られたゲノムには、約6万5000個の遺伝子が含まれていることが明らかになった。生物は持っている全ての遺伝子を常に働かせているのではなく、どの遺伝子をどこで、どのタイミングで使うかをコントロールして、異なる体のパーツをつくったり、また外部の環境に応答して必要な生理的な反応を行っている。ダイコンの根の発達は、発芽直後の実生期を経て、発芽後2週間ほどで初期肥大が開始、約30日で急速に根が肥大する二次肥大期へと移行することが知られている(図2)。そこで、青首総太ダイコンを用いて、根のさまざまな発達段階で働く遺伝子を網羅的に検出して、根が太りだすタイミングで特異的に機能する遺伝子を探索した。すると、糖代謝関連の遺伝子群、なかでも光合成産物であるショ糖代謝にかかわる遺伝子の機能活性化が、肥大に主要な役割を果たしていること、それらの経路は一度スイッチが入ると高い活性が持続して肥大を進行させていくことが明らかとなった。現在、根が太る/太らない品種間でこれらの遺伝子の働き方のちがいを解析している。
 ダイコンには根の形態以外にも、有用な農業形質が数多くある。生産者の視点では、病気や害虫、暑さに強い品種の開発が強く求められている。消費者の視点では、健康によい機能性成分、例えばビタミン類やポリフェノール類、辛味成分などを多く含む品種の必要性が高い。今回のゲノム配列は誰でも利用可能なデータベースとして、2015年6月より公開した(www.nodai-genome-d.org)。多くの研究者にこれを利用してもらうことで、分子レベルでの育種開発が推進され、そのなかで地域在来品種を遺伝子資源として見直し、多彩な形質変異をいかして応用的な研究が展開されていくことを望む。

 

*本研究についての論文は、2015年6月9日「Scientific Reports」(電子版)に掲載された。
Mitsui et al. (2015) The radish genome and comprehensive gene expression profile of tuberous root formation and development. Scientific Reports 5, 10835. 2015, June 09. doi: 10.1038/srep10835.

図1 ゲノム情報を用いたダイコン、ハクサイ、シロイヌナズナ、パパイヤの系統関係と分岐年代
図2 ダイコンの発達過程と根の断面図。肥大期に入った根と、肥大組織(形成層、木部)では、糖代謝にかかわる遺伝子群(円グラフの青)が特に活性化している


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