東京農業大学

メニュー

教員コラム

バイオエタノールの原料を作る

2015年4月1日

農学部農学科 教授 森田 茂紀

−「もう1つの栽培学」への挑戦−

はじめに

 20世紀、私たちは多くのエネルギーを使って、便利で快適な生活を実現したが、それに伴って石油枯渇が促進され地球温暖化問題が発生した。これを解決して持続的な社会を作るには、エネルギーを減らし、化石エネルギー依存率を下げる必要がある。前者はライフスタイルの見直しや省エネ、後者は再生可能エネルギーの利用で実現が可能である。
 再生可能エネルギーはコストが問題であるが、再生可能エネルギー固定価格買取制度が追い風になっている。多くの再生可能エネルギー(太陽光・風力・地熱など)は電気に変換するが、バイオマスは液体燃料のバイオエタノールに変えて、ガソリンに混ぜて車を動かすことができる。石油枯渇対策や地球温暖化対策として期待される理由も、ここにある。

 

バイオエタノールの原料作物

 バイオエタノールの原料作物は、糖質系・デンプン系・セルロース系の3つに分類される。糖質系原料にはサトウキビやテンサイがあり、いずれも搾ると糖液が得られ、すぐに微生物でエタノール発酵させるため、効率が非常に高い。
 デンプン系原料にはトウモロコシや米などの穀類や、キャッサバなどのイモ類がある。日本酒や焼酎を作ることと基本的に同じで、技術開発が進んでいる。ただし、エタノール発酵する微生物はデンプンを原料にできないため、ブドウ糖に分解する糖化という過程が必要となる。
 セルロース系原料は、草や木である。草や木は、細胞壁に多くのセルロースとヘミセルロースを含み、バイオエタノールの原料となる。デンプンの場合と同様、糖化する。また糖化の前に、全体を軟らかくするため、粉砕や熱・薬品による前処理が必要である。

 

エネルギーと食料の競合?

 糖質系、デンプン系、セルロース系の順に時間と手間や、使用エネルギーが増え、変換効率は悪くなる。しかし、2008年に穀物国際価格が急騰したことをきっかけに、食料とエネルギーの競合という観点から、糖質系・デンプン系バイオエタノールに対する批判が高まった。バイオエタノールだけが穀物価格急騰の理由とは考え難いが、食料生産とエネルギー製造の競合を避ける目的で、食料とならないセルロース系原料作物を利用する技術開発が進んでいる。
 しかし、食料とエネルギーの競合は、セルロース系原料作物を使えばよい、という単純なものではない。原料作物の選択だけでなく、それをどこで、どのように栽培するかが重要である。すなわち、土地、水、肥料、エネルギーなどの限られた資源を、食料生産に利用するかエネルギー生産に利用するかという問題である。したがって、バイオエタノール原料作物の栽培では、(1)何を、(2)どこで、(3)どのように栽培するか、という3点が重要な課題となる。

 

何を、栽培するか?

 セルロース系バイオエタノールの原料作物として、何を栽培するか。年間のバイオマス収量が高いことが必須条件となるが、産出/投入エネルギー比が高いことや、CO2排出量が少ないことも必要である。また、生物的ストレス(病虫害)だけでなく、非生物的ストレスとして気象ストレス(光、温度、乾湿)や土壌ストレス(塩類濃度・pH・土壌肥沃度)に対しても強い耐性を持つことや、低投入持続的栽培に向いていることも条件となる。文献レビューをもとにして候補作物を絞り込んだところ、多年生のイネ科C4作物(やや高温・乾燥条件下でイネやコムギなどのC3作物より高い光合成能力を発揮するグループ)が有力候補となった。実際に栽培試験も行ったうえで、セルロース系バイオエタノールの原料作物として、ネピアグラスとエリアンサス(図1)を選定した。

 

どこで、栽培するか?

 食用作物なら農地で栽培するが、バイオエタノール原料作物の場合は、食料とエネルギーの競合を避けるために、農地は利用できない。また、地球温暖化対策としては、農地を作るために森林を伐採してCO2を放出するわけにもいかない。
 そこで、GIS(地理情報システム)や衛星データを利用して農地、森林、都市を除外し、草地および植生がほとんどない地域を対象とした。また、原料作物の生育に必要な気温と降水量から候補地を絞り込んだ。さらに、土壌浸食や降雨の利用効率から平地と緩傾斜地を選択し、以上の条件をすべて満たす地域を検討した結果、インドネシア・スマトラ島の南端、タイ東北部、インド東部・西南部が、抽出できた。そこで現地調査を行い、スマトラ島南端を最終候補地とした。
 最終的に非農地で原料作物を栽培することを想定し、スマトラ島南端の鉱山跡地でネピアグラスを、また、千葉県富津市の採砂跡地でエリアンサスの試験栽培を行った。その結果、いずれも、植え付け後3年目にバイオマス生産が急激に増加した。
 実際に事業化を進める場合、最初から非農地で原料作物の大規模栽培するのはギャンブルである。最初は地力の低い農地、耕作放棄地や休耕地、あるいは林床や条間を利用して、近い将来、非農地での大規模栽培に移行すればよい。非農地の土壌条件が改善すれば、食料生産のための農地が拡大することになり、食料安全保障にも貢献できる。

 

どのように、栽培するか?

 栽培試験では、(1)低投入多収栽培、(2)周年供給、(3)持続的なシステムの3点を達成目標とした。非農地でのエリアンサスの栽培試験で、耕起と施肥の影響について検討した結果、施肥より耕起の効果の方が大きかった。ある程度耕起すれば、施肥は抑えても時間経過とともにバイオマス収量が増加することは、収益が低いエネルギー作物の栽培には有用な知見である。
 エリアンサスは初期生育が抑制され、最高収量に達するのに3年ほどかかることから、最初は高密度で植え付け、2年目以降に間引いて、バイオマス収量を増やす選択もある。従来の1年生食用作物の栽培ではなかった考え方といえる。いずれにせよ、要素技術を組み合わせて、栽培システム全体の最適化を図る必要がある。
 インドネシアでは気温が高く、ネピアグラスを年3回栽培できるので、畑によって刈り取り時期をずらせば周年供給が可能となる。多回刈りで全面刈り取りでなく、何条かずつ刈り取ると群落周辺部分では受光態勢の向上とCO2交換の促進によって生育がよくなる可能性が高い。
 エリアンサスは一度苗を植え付けると追肥を行わなくても2、3年は収量が増加し、その後もほとんど減少しない。持続的な栽培システムを構築するには、窒素収支がポイントとなる。エリアンサスが持続的に高い収量をあげる理由の1つとして、根系が関係していると考えた。
 そこで、国内とインドネシアで、エリアンサスとネピアグラスの根系調査を行った結果(図2)、少なくとも土壌表面から2mの深さまで根がかなり分布していた(図3)。この深い根系が広い範囲から窒素と水を吸収している可能性が高い。
 なお、非農地でエリアンサスやネピアグラスを栽培すると、根から有機物が分泌されるし、根は腐ると土壌中で分解される。すなわち、根は2つの意味で土壌中に炭素を蓄積するため土壌肥沃度を高め、地球温暖化対策にもなる。

 

おわりに

 セルロース系バイオエタノール原料作物の栽培研究を通して、1年生食用作物栽培学とは異なる、「もう1つの栽培学」に挑戦している。その成果は、東日本大震災復興支援にも利用し、福島県浪江町の被災水田でバイオマス作物の栽培試験を進めているが、いい結果が得られつつある。

 

図1 エリアンサスの地上部(植え付け約1年後)
図2 エリアンサスの根系調査
図3 エリアンサスの根系分布


ページの先頭へ

受験生の方