東京農業大学

メニュー

教員コラム

地域の自然・生き物に学ぶ

2014年12月1日

教職・学術情報課程 教授 苗川 博史

コシアカツバメと出会う

 1989年6月の雨上がりの日、当時勤務していた神奈川県・湘南地域の高校の校庭に1羽の見慣れぬツバメが泥をついばんでいた。オレンジ色の腰が目につき、これまで見たことのないツバメであった。その美しさに魅かれ、しばらく立ち尽くしていると、何回も校庭に降りたち水たまりの泥を嘴でくわえ飛び立っていくのを観察した。繰り返し泥を運んでいたので、この近くに巣があるに違いないと判断し、そのツバメの飛んで行った方向を追いかけてみた。校内の体育館軒下の天井部にとっくり型の巣があるのが確認できた。図鑑で調べると「コシアカツバメ」であることがわかった。東南アジアなどから飛来する夏鳥で、ツバメよりも一回り大きく、飛来も1カ月ほど遅い。4〜10月にかけて九州以北で見られ、建造物にとっくり形の巣を作ることが記載されていた。生まれて初めて見るコシアカツバメの生態を調べるきっかけとなった。授業でも取り上げ、近隣の団地に営巣するコシアカツバメの調査を重ねることにつながっていった。その後、1995年まで近隣の藤沢市辻堂住宅団地、茅ケ崎市浜見平団地、同市鶴が台団地(写真1)に飛来・営巣していることが確かめられ、調査を継続していった 1)。コシアカツバメは団地など中層住宅の建造物に好んで巣をつくる習性があることや営巣をめぐってスズメとの競合があることも確かめることができた 2)

 

神奈川県下におけるコシアカツバメの動向

 神奈川県内にコシアカツバメが初めて進出したのは、1940年以前の小田原市であることが記録されている 3)。戦後には県西部から相模湾沿いに分布が拡大され、県央などの内陸部にも進出してきている。1970年代以降の傾向として、神奈川県内で繁殖するコシアカツバメの分布は、相模湾沿いに集中しており、市街地での減少の一方、中高層住宅の営巣が増加してきた 4)。これは、1970年代に県下の中高層のコンクリート建造物にコシアカツバメの営巣が始まったころ、多くの壁面がセメントリシン系であり、また1980年代に合成樹脂エマルジョン系やゴムタイルシーラ、ゴムテックス系の塗装法に変わってきており、塗装法の変化が営巣分布に影響を及ぼしているものと考えられる。コシアカツバメの分布や動向は、建造物の塗装法などが大きく変化していく中で、巣材である泥や餌である昆虫類が確保できる環境下にあることと、営巣できる適した建造物(住人との関係含む)があることに動向と分布が左右されるといってもよい。神奈川県下における1980年代後半から1990年代前半にかけてのコシアカツバメは山岳地域を除く市街地において5月期から11月期まで観察されており、繁殖・採餌・飲水・休息・浴び・運動・手入れ・地鳴・渡りなどの行動が記録されている 5)

 

再びコシアカツバメの調査を開始

 コシアカツバメの調査は1995年まで続いたが、他の研究との兼ね合いで調査はいったん中止。2014年4月から東京農業大学教職課程で中学・高校の理科教諭および農業高校教諭を目指す学生たちを指導することになり、2014年7月に東京農業大学の学生有志7人と20年ぶりに上記3団地を調査する機会があった。その結果、営巣を確認できたのは浜見平団地の3カ所、コシアカツバメが見られたのは同団地における一つがいのみであった。1993年調査時に確認できた3団地合計で275個の巣と30羽の個体数と比べ、激減していたことがわかった。
 この間、建造物の壁の塗装などに、巣を作りにくい溶剤が使われるようになったこと、建造物の入り口に鳥よけネットを張るなど住民の意識が変わってきたことなどが考えられる。巣がスズメに乗っ取られたりカラスに壊されたりしている形跡も見られた。今夏の調査のことが新聞報道(朝日新聞2014.9.27、神奈川新聞2014.10.12)されると、2014年10月末日までに20件の情報が住民から寄せられた。中には写真記録とともに情報を送ってくださり、貴重な記録となった(写真2、3など)。日頃からコシアカツバメを含む地域の生き物を観察・記録している人たちが多くいることに驚きとうれしさを感じた。 
 今後、私たちの調査に加えて地域住民からの目撃情報を時間軸と空間軸にまとめて神奈川県内の地図上に落とし込んでいくことで、コシアカツバメの生息分布の推移および生息環境などの背景が見えてくるのではないかと考えている。コシアカツバメの生息状況は5年ぐらいの時間をかけて追究し、地域住民とともにコシアカツバメが生活する環境が考察できる本の出版化を夢見ている。このような地域住民のご協力をいただきながら学生とともに調査を深め広げていくことは、これからの大学の研究・教育のありかたとしても必要であると考えている。この記事を読まれた読者の皆さんからの情報提供もお願いしたい。

 

地域の自然や生き物を愛でる

 東京農大生には自然や生き物大好き人間が数多い。教職を目指す学生に対しては、どんなことでもよいから地域の自然や生き物に目を向け、また身近なことを教材化し、教育に活用できるよう指導している。とくに学生たちが卒業後、教職に就いた際には、どんなことでもよいから地域の自然や生き物に目を向け、教材化できることを期待している。また、一人でも多くの卒業生が地域(教育現場)に根を下ろして、コシアカツバメに限らず生涯にわたる教育・研究課題を持ち続け、調査ないしは研究していくことを願っている。地域の自然や生き物との関わりを通した活動は、教師一個人のみならず地域の文化遺産となって、次代に受け継がれていくものと考えるからだ。

 

厚木キャンパス発の生物教材開発

 東京農大厚木キャンパスは自然環境に恵まれている。この恵まれた自然環境をいかした生き物の教材化をいくつか検討し、その取り組みを始めた。その1つは「クマムシ」の教材化である。「クマムシ」は分類学上「緩歩動物門」の中に位置づけられる。平均体長0.1〜0.8mmぐらいの大きさで、顕微鏡を使って観察しないと見えない生き物である。「緩歩動物」というのは、ラテン語のTardigradaの直訳で緩やかな歩みをする動物という意味である。現在、キャンパス内の干からびたコケの中や足元の土壌中からサンプリングを行っている。足元にいるこの小さな「クマムシ」の飼育・管理から行動・生態などにいたるまでを、厚木キャンパス発の生き物の教材開発として学生と共に取り組み、研究・教育に寄与していきたいと考えている。

 

引用文献
1)苗川博史(1992)藤沢市辻堂団地におけるコシアカツバメの営巣調査.URBAN BIRDS 9:12-19.
2)苗川博史(1997)藤沢市辻堂団地におけるコシアカツバメの営巣とスズメによるコシアカツバメの古巣利用.BINOS 4:17-22.
3)横須賀高校定時制生物班(1996)神奈川県下におけるコシアカツバメについて(復刻).BINOS 3:69-80.日本野鳥の会神奈川支部.
4)浜口哲一・端山昇(1984)神奈川県内におけるツバメ類の繁殖分布.神奈川自然誌資料5:33-43.
5)日本野鳥の会神奈川支部編(1992)神奈川の鳥1986-91─神奈川鳥類目録Ⅱ─.215-217.

写真1.茅ヶ崎市鶴が台団地のコシアカツバメ

写真2.巣材の泥を運ぶコシアカツバメ
(川崎市 菅原準氏 提供)

写真3.営巣中のコシアカツバメ
(鎌倉市 藤岡清子氏 提供)

ページの先頭へ

受験生の方