東京農業大学

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教員コラム

東京農大・東日本支援プロジェクト3年間の経験を伝えるその3復旧から復興・再生へ

2014年7月1日

国際食料情報学部国際バイオビジネス学科 教授 門間 敏幸

 前号その2では、“復興支援活動を展開する時の留意点”と題して、東日本大震災発生を受けて復興支援活動を展開するための留意点について総括した。
 第3回は最終回となるため、これまでに実践してきた復興支援活動を総括するとともに、被災地の復興から再生へと展開するための基本的な考え方を、これまでの経験に基づいて総括する。

 

1.これまでの取り組みの総括と復興・再生の課題

 東京農大が2011年の3.11東日本大震災の発生以降、取り組んできたのは津波被害、放射能被害からの迅速な復旧である。すなわち、津波被害を受けた水田土壌の復元と稲作・大豆作の再開、放射性物質が堆積した森林における放射性物質の動態と除染方法の開発、放射能汚染地域における土壌の放射性物質の濃度、作物への放射性物質の吸収抑制技術の開発、農地1筆を単位とした放射性物質モニタリングシステムの開発による迅速な農業生産の再開など、いずれも東日本大震災以前の農業を取り戻すための闘いであった。この取り組みに対しては、現場の問題を迅速に解決するという東京農大伝統の実学精神が大きな威力を発揮したと我々関係者一同、若干の自負をもっている。
 東日本支援プロジェクトに参加した研究者は、いずれも災害研究、放射線研究の専門家ではないが、土壌診断技術、生産資材有効活用技術、各種の化学的な分析技術、経営調査技術、経営診断技術に関しては、多くの経験と実績を積み上げてきているので、震災で発生したさまざまな問題解決のために活用できるツールをもっていた。これらのツールが、震災復興研究の実施にあたってきわめて有効に作用した。
 しかし、震災後3年間の研究支援活動は、本格的な震災復興の入り口の問題を解決したに過ぎず、被災地の本格的な復興・再生のためには次のような乗り越えるべき課題がある。
 1)津波被害地域における新たな営農システムの開発
 2)放射能汚染地域における持続的な営農システムの開発
 3)甚大な津波被害を受けた農地の復元と新営農システムの開発
 4)放射能に汚染された森林の除染技術の開発と安全確保方策の解明
 5)風評被害克服対策の解明
 以下、津波被害地域と放射能汚染地域の2つに被災地を分けて、今後の支援研究活動の展開方向について整理する。

 

2.津波被害地域の新たな農業の創造

 津波被害地域における新たな農業の創造は、技術的な視点と経営的・地域営農的な視点から考えることができる。
(1)新たな農業創造の技術的対応
 まず第1の技術的な視点は、津波の激甚被害を被った水田の復元とそこでの営農の展開である。特に地盤沈下した水田、津波土砂が厚く堆積した水田では、土壌の抜本的な改良がなされない限り水稲生産を復活する事は困難である。
 こうした激甚被害地域では、現在、メガソーラー用地としての利用、厚く堆積した砂を利用した稲以外の作物の生産(水田から畑地への転換)、施設園芸等、さまざまな活用が検討されている。いずれの方法も一長一短があり、担い手の確保可能性、農家の営農再開意欲やこれまでの農業生産の経験、集落のまとまりの状況などを総合的に判断してケースバイケースで対応しているのが実態である。
 こうした状況に対する東京農大のスタンスは、農家の支援ニーズに対応して技術的・経営的な課題を克服するというものである。特に激甚被害農地の土壌分析は重要で、新たな営農創造の基本となるものであり、土壌肥料チームを中心に支援を継続している。施設園芸、畑作・野菜作などの新たな農業への挑戦を試みる担い手が出現した場合にも、それぞれの分野の専門家を組織して迅速に対応していく予定である。
 技術的な支援の重点としては、農大方式による津波被害水田の復元面積の拡大(2012年度1.7ha、2013年度50ha、2014年度200ha)をさらに進めるとともに、土壌・用水から水稲・大豆などの作物への放射性物質の吸収抑制技術を確立し、「そうま復興米」のブランド構築を支援することに置いている(写真1、2)。
(2)新たな農業創造の経営的対応
 津波被害農家を対象にした我々の調査では、農業機械を喪失した多くの農家は農地が復元しても農業から離脱し、残った少数の担い手に農地が急激に集積することが想定された。しかも、現実は我々の想定した方向に動いており、50〜100ha規模の大規模な農業法人や個別経営が成立し、津波被災地の農業は大きく変化している。しかし、こうした急激な変化に担い手が的確に対応することは難しく、現場では次のようなさまざまな問題が発生している。<1>大規模経営の経営管理の方法がわからない、<2>雇用労働を導入したが、冬場の仕事がない、<3>複合経営を実践したいが組み合わせる作物がわからない、<4>6次産業化に取り組みたいが販路が確保できない、<5>新たな技術革新に挑戦したいが、技術の指導者がいないし新たな投資資金がない、といった問題が指摘されている。
 また、集落営農による農地の保全を検討している地域も存在するが、どのような仕組みの集落営農を考えたらいいかわからないといった問題も存在する。
 東京農大では、農家、農業法人関係者、市町村、普及センター、農協と緊密な連携を取りながら、農家意向調査の実施・解析、集落座談会への参加、関係者に対するヒアリングを繰り返しながら、農家の合意形成を促進し、新たな農業創造のための支援活動を展開する予定である(写真3)。

 

3.放射能汚染地域の新たな農林業の創造

 現在、復興が最も遅れるとともに、復興の方向性が見えないのが放射能汚染地域の農林業である。その最大の原因は、居住地、農地、山林に堆積した放射性物質の影響にあることは言うまでもないが、居住制限、作付け制限、風評被害が及ぼす影響は計り知れない。この問題を解決するためには、居住制限、作付け制限の場合は仕方がないが、作付けが可能な地域では「測って作る」「作って測る」を繰り返し、消費者の信頼を獲得するという方法以外に有効な対策はない。すなわち、放射能を測定し、作物への吸収を抑制し、安全な作物を出荷しつづけることが重要である。
 そのために、我々は土壌肥料チームを中心とした放射性物質の吸収抑制技術の開発、生産資材の有効利用、土づくり等の技術の開発と普及を行っている。また、放射性物質に汚染された森林の復興はかなり困難であり、政府、関係機関もその抜本的な対策に苦慮し、対策の展開が遅れている。東京農大では、震災直後から森林と林木が放射性物質に汚染されていることを確認し、その除染対策技術の開発を試行錯誤してきた。すなわち、森林自体の除染方法の開発、放射性物質が蓄積した林木の除染、そして、あんぽ柿の除染である。こうした取り組みは、被災地の森林組合、林家の方々の大きな信頼を得ており、今後も支援活動を展開する計画である。
 さらに、放射能汚染地域の営農の再開を支援するため、農業経営チームが中心となって土壌肥料チームの応援を得ながら開発したのが、「農地1筆を単位とした放射性物質のモニタリングシステム」である。このシステムの開発によって、農地1筆ごとの除染、土壌管理の仕方が明確になり、農家は安心して作物生産を再開することができた(写真4、5、6)。
 我々の放射能汚染地域の営農再開支援に対する挑戦は、まだまだ緒に就いたばかりであり、さらなる支援活動の強化が必要である。技術面では、より確実な土壌から作物への吸収抑制技術の確立、森林除染技術と放射性物質に汚染された林木やあんぽ柿の除染技術の開発が待望されている。
 なお、営農の視点から見た場合、放射能汚染が深刻な地域はいずれも中山間の条件不利地域が多く、高齢化、耕作放棄地の急増、サルやイノシシなどの獣害が深刻な地域である。そのため、膨大な資金を投入して農地、牧草地、森林の除染を行っても、農林業の担い手の喪失により、農地荒廃が急激に進むことが予想される。そのため、放射能汚染地域における東日本支援プロジェクトの展開に当たっては、担い手が夢を持てる農林業の創造が不可欠である。そのための一つの方向が、除染と基盤整備の一体的推進、水耕栽培など土地に依存しない農業の実現、耕畜連携など畜産を含めた生産・加工・販売等による高付加価値農業の実現に向けて支援活動を展開する予定である。
 なお、紙数の制約から風評被害対策について言及することができなかったが、これについては別の機会に報告したい。

 

写真1 見事な稲穂がたなびく津波被害水田
写真2 難しいといわれた大豆もできた津波被害水田
写真3 新たな営農の方向を集落の農家の方々と話し合う
写真4 放射能汚染地区でも安全な米の収穫に成功
写真5 放射能に汚染された牧草地の除染(表土はぎとり)
写真6 表土がはぎとられた牧草地に立つ




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