東京農業大学

メニュー

教員コラム

ジブチ共和国における有用植物の発芽・初期生育特性

2014年3月1日

地域環境科学部 森林総合科学科 准教授 橘 隆一

急速に深まる日本との関係

2013年8月27日に日本の総理大臣が初めて訪問した国、ジブチ共和国(以下、ジブチ)。この国を知っている日本人は、いまだに少ない。それでもここ数年、新聞等で目にする機会も増え、急速に知れわたりつつある。その背景には、ソマリア沖の海賊に対処するために2009年から始まった自衛隊の活動が強く影響している。2011年6月には自衛隊史上初の海外基地がジブチに整備され、常時数百人の隊員が活動している。その後、2013年1月にアルジェリアにおいて邦人10人が犠牲となる人質テロ事件が発生し、海外における邦人保護の観点からも自衛隊基地を置くジブチが注目されるようになった。
 ジブチは、アフリカ大陸東部「アフリカの角」地域の熱帯乾燥気候帯に位置する。この地域の気候は降雨パターンの変動が年によって大きく異なり、干ばつの常襲地帯として知られている。ジブチは地球上で最も暑い土地の一つといわれ、年平均降水量は200mmに達しない。主な産業は、海運業、貨物運搬サービス業で、農業、工業は未発達の状態である。食糧のほとんどは輸入に頼っているため食糧自給率はわずか3%で、失業率は60%ともいわれている。
ジブチ政府は、その政策として遊牧民の定住化を促し、農村の形成を勧めている。これらの状況から、筆者の所属する研究グループでは、ジブチ政府からの要請も踏まえ、農業生産性の向上と持続可能な農業技術に関わる人材育成の支援、乾燥地緑化に関する研究や技術開発などを20年以上にわたって続けている1、2、3、4)。
国土の面積は、約23,000km2(四国の約1.2倍)で周辺諸国の中では極めて小さい。平野部ではサバンナや砂漠が広がっている。しかし、沿岸部や沖合の小島にはAvicennia marina (Forssk.) Vierh.(ヒルギダマシ)やRhisophora mucronata Lam.(オオバヒルギ)の優占するマングローブ林が散在し、標高およそ1,000m以上の山岳部ではヒノキ科の常緑針葉樹Juniperus procera Hochst. ex Endl.などが優占する針葉樹林帯がある5)。つまり、ジブチの植生分布は、「アフリカの角」地域に存在するさまざまな植生に対し、狭い面積の中で容易にアクセスできるという希有な特徴を持っているとも解釈できる5)。
厳しい環境でありながら多様な植生を持つジブチで、私はこれまで農業生産の際に必要な防風林や日陰林に適した植物をはじめ、食用や薬、染料となる実や葉をつける植物の種子を採取し、その発芽特性ならびに初期生育特性に関する研究を進めてきた。

 

有用植物のポテンシャル

当初、防風林や日陰林に適した生長の早い樹種や樹高の高い樹種を求めて歩き回ったが、調査を進めていくにつれ、さまざな有用性を持つ植物が自生していたり、生育されていたりしていることに気がついた。
たとえば、ワサビノキ科で樹高10mにもなるモリンガ(Moringa olerfera Lam.)は、生長が早く防風林や日陰林として役立つだけでなく、若葉は食用や薬用、お茶としても使用され、その種子からも石けんや化粧品として使用される油がとれる。根も有用性が高いようだ。モリンガの原産はインドとアラビアといわれ、モリンガ茶などで日本でもすでに知られている。
ジブチ市街地から80kmほど離れた農場で、2012年10月に播種されたモリンガの生育について1年間の追跡調査を行った。その結果、播種からわずか半年足らずで、樹高が50〜100cmに達し、花や果実も確認された。約1年経過後では平均樹高は2m近くに達し、根元直径も平均で40mm、最大で60mmの太さになった(図1)。2012年12月にジブチの中央研究センター(CERD)、ジブチ大学と東京農大の3機関で共同ワークショップを開催した。その際、ジブチに自生する植物の発芽率や初期の生育特性を紹介したところ、CERDの薬学を専門とした女性研究員が強い興味を示した。彼女がまとめたジブチ北部に自生する薬用植物とその利用方法の論文には、72属40科に属する91種の植物が記録されており、ジブチの持つ有用植物のポテンシャルの高さに驚かされる。彼女の研究室には、主に薬用植物中心の植物標本が整然と並んでいた。しかし、「種子の保存方法や発芽、発芽後の初期生育方法については、ほとんど試行錯誤の状態である」と訴えていた。それこそが、私の研究課題である。

 

「アフリカの角」を持続可能な社会に

そこで、ジブチで種子採取したさまざまな植物の発芽試験と初期生育実験を行った。
ここではモリンガの生長に対して、緩効性肥料(N:P:K=6:36:6)と有機質堆肥として牛ふん堆肥、豚ぷん堆肥、鶏ふん堆肥の施用効果を検討した実験について紹介する。実験には1/2000aワグネルポットを使用し、生育基盤を川砂、繰り返し数を5ポットとした。2013年2〜3月にジブチで採取した種子を1ポット当たり5粒播種した。播種は同年4月、樹高の計測は翌年2月に行った。その結果、発芽率は24〜60%だった。モリンガの平均樹高に対する緩効性肥料と有機質堆肥の施用効果を図2に示す。
平均樹高は、緩効性肥料施用区では、肥料の施用量が増すとともに、対照区に対して4.5倍、6.3倍、8.2倍と高い値を示した。牛ふん堆肥施用区では、対照区の7.3cmに対して1.8〜2.9倍の値を示した。豚ぷん堆肥施用区では、対照区に対して100kg/aで3.5倍、150kg/a、200kg/aでは6倍近い値を示した。鶏ふん堆肥施用区では、対照区に対して100kg/aで5.4倍、150kg/a、200kg/aでは7倍以上の値を示した。
以上のことから、モリンガは緩効性肥料や有機質堆肥を施用することで、樹高の生長を高められることがわかった。特に、豚ぷん、鶏ふん、緩効性肥料の施用効果は高く、対照区に比較して3.5〜8.2倍高い生長を認めた。今後、現地においてモリンガを含め様々な自生植物に適した未利用のバイオマス資源の活用を検討していく。
ジブチでの雇用創出、さらには貧困問題の深刻な「アフリカの角」地域全体の持続可能な社会の構築を目指し、ここジブチにおいて有用植物の研究を着実に続けていきたい。
本研究は、JSPS-JICA平成23年度科学技術研究員派遣事業(代表者:東京農大 高橋悟教授)および東京農大戦略研究プロジェクト(代表者:東京農大 豊田裕道教授)によります。関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

 

引用文献
1)塩倉高義(1994)砂漠緑化へのチャレンジ─ジブチ共和国での試み─、東京農業大学創立100周年記念事業実行委員会発行、p. 210
2)東京農大沙漠に緑を育てる会編(2000)ジブティの沙漠緑化100景─もう一つのアフリカガイド─、東京農大出版会、p. 133
3)高橋 悟・鈴木伸治・真田篤史・橘 隆一・渡邉文雄(2012)アフリカ乾燥地における農業の現状・課題と解決への展開、農業農村工学会誌、80(8):pp.633─636
4)橘 隆一・大野愛美・西野文貴・Tabarek Mohamed ISMAEL・真田篤史・鈴木伸治・福永健司・高橋 悟(2013)ジブチ共和国で採取した木本植物種子の有用性、沙漠研究 23(1):pp.31─34
5)橘 隆一(2014)アフリカの角"ジブチ共和国"の森林、森林科学70:pp.28-29

図1 モリンガの驚異的な樹高と根元直径の驚異的な生長推移
図2 モリンガの平均樹高に対する緩効性肥料と有機質堆肥の施用効果


ページの先頭へ

受験生の方