東京農業大学

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教員コラム

ビタミンB12定量に適した新規乳酸菌の開発

2014年1月1日

応用生物科学部菌株保存室 教授 田中 尚人

現在の公定定量法

ビタミンB12(以降B12)はコバルト(Co)を含む赤色のビタミンで、ヒトにとって必須ビタミンのひとつである。不足すると悪性貧血や神経障害などが起こる。B12は植物性食品には含まれず、動物性食品に含まれるビタミンである。各食材に含まれるB12の含有量を知ることは、栄養管理のためには欠かせない。B12の定量法には分光学的方法、HPLC法、放射性同位体希釈法など機器を用いた定量法があるが、いずれも操作法や感度などに難点がある。そのため感度が高く操作法も簡便である乳酸菌Lactobacillus delbruekii subsp. lactis ATCC 7830 (以降ATCC 7830株)を用いた微生物定量法(microbioassay)が、WHO/FADおよび五訂増補日本食品標準成分表分析マニュアルで指定された分析法になっている。
微生物定量法は、指示菌として用いる微生物が定量しようとする目的成分を必須要求することで成り立つ。1970年ころまでは、B群ビタミン類(B1、B2、B6、B12、ナイアシン、パントテン酸、葉酸など)やアミノ酸類の定量に微生物定量法を用いるのが主流であった。
これらの微生物定量法に使われる微生物には、さまざまな栄養素を要求する乳酸菌が用いられることが多かった。その後、機器による定量法が発達し、ほとんどの分析で微生物定量法が使われなくなった。しかし、B12については現在でも乳酸菌L. delbruekii subsp. lactis ATCC 7830株を用いた微生物定量法が国際的に公定定量法となっている。

 

不安定な検量線

さて、ATCC 7830株はB12を必須要求するためにB12の微生物定量法が成り立つ。微生物定量法には、定量値の基準となる検量線が必要である。検量線は、B12の標準品を用い、一定の間隔で濃度を変えた数段階の標準液を作成し、それぞれの一定量を含む合成培地を作成する。それら各合成培地にATCC 7830株を接種し、培養後それぞれの生育量を測定する。生育量は培地の濁りの程度(濁度)あるいは培地中に産生された乳酸量(酸度)を実測し、その各測定値をグラフ用紙にプロットすることにより、B12の濃度に従った右上がりの検量線が得られる。試料を含む合成培地を作成してATCC 7830株を接種し、その生育量の測定値を同時に作成した検量線に当てはめ、試料中のB12量が求められる。
微生物定量法に欠かせない検量線は、0濃度のときの測定値(生育量)が限りなく0(ゼロ)であり、さらにB12濃度に従って右上がりに直線になることが理想である(図−1)。しかしATCC 7830株を用いたB12の定量においては、0濃度の時に高い測定値(ハイブランク)であったり、濃度に従ってきれいな検量線とならなかったりと安定せず、専門機関においても技術を要する定量法とされている。この不安定さについては、いくつかの論文でも議論されている。
L. delbruekiiグループの乳酸菌はB12を要求する。同グループには、ATCC 7830と同じL. delbruekii subsp. lactis(発酵乳由来)、L. delbruekii subsp. bulgaricus (発酵乳由来)、L. delbruekii subsp. delbruekii(植物質発酵食品由来)等が存在する。

 

「すんき」から分離した乳酸菌

我々は長野県木曽地方で作られている無塩の漬け物「すんき(赤蕪が原料)」から乳酸菌を多種類分離(1)し、その中の1種にL. delbruekii subsp. delbruekii が主要乳酸菌であることを突き止めた。ある実験の最中にこの分離株がB12を要求することを知った。そこで我々は、本分離株がB12の微生物定量法に適すかどうかの検討を行った。検討に当たっては、漬け物「すんき」から分離された22株のL. delbruekii subsp. delbruekiiを用いた。
さまざまな検討の結果(2)、分離株のうちNRIC 0700株が図−1に近い安定した直線となる検量線が得られることがわかった(図−2:A)。しかしよく見るとS字型(シグモイド曲線)であったため、他の回帰モデルを当てはめ検討したところロジスティック回帰モデルによる検量線が直線的でより適していることがわかった(図−2:C)。実はNRIC 0700株が最もすぐれているが、他にも同様に検量線作成に適している株があり、いずれもATCC 7830株より優れた評価となった(表−1)。また、NRIC 0700株を用いる際に、安定化を求め五訂増補日本食品標準成分表分析マニュアルに記載された試料調整法を改良し、B12定量感度に影響の少ない方法とした。

 

新定量法で精度が向上

青のり、鶏むね肉について、NRIC 0700株を用いて定量を行った。日本食品標準成分表2010で示されているB12の含有量はそれぞれ31.8μg/100gと0.2 μg/100gである。それに対して、我々が改良した方法での定量値は、それぞれ56.1±1.9μg/100gと0.3±0.1μg/100gであった。また、40pg/5mLのB12溶液の定量結果は、35.2±2.0pg/5mLであった。添加回収試験も良好な結果が得られた。
以上のように、NRIC 0700株を用いてB12の定量法は、検量線の直線性、精度、確度、再現性においても良好な結果が得られることを示した。我々が開発したNRIC 0700株を用いたB12の定量法が特許として認められた。今後、NRIC 0700株がB12の定量のための指示菌として、国際標準株として活用されることが期待できる。

文献
(1) Endo A, Mizuno H., and Okada S;Lett Appl Microbiol 47, 221─226 (2008).
(2) 田中尚人、冨田 理、岡田早苗;ビタミン 84(11), 538─542 (2010).

図−1 理想的な検量線(模式図)
図−2 各種回帰分析により作成された検量線
A:説明変数をB12濃度、従属変数を生育度とした従来法の線形回帰分析による検量線
B:説明変数をB12濃度の常用対数、従属変数を生育度とした線形回帰分析による検量線
C:説明変数をB12濃度の常用対数、従属変数を生育度のロジット値としたロジスティック回帰分析による検量線
R2は決定係数 供試菌株はNRIC 0700
表−1 検量線安定性試験

 




 

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