東京農業大学

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教員コラム

食品温度の精密な管理・制御を

2010年5月1日

地域環境科学部生産環境工学科 准教授 村松 良樹

3種類の熱物性値の同時推算方法を提案

スーパーマーケットなどで購入される食材には多種多様な調理操作が施されている。加熱操作は美味しさの決め手となる重要な操作の一つであり、その温度は精密に管理・制御しなければならない。そこで、我々は最近、簡便かつ精度良く3種類の熱物性値(熱伝導率、熱拡散率、比熱)を同時に推算できる新たな方法を提案した。

 

熱の伝わり方に3種類

加熱操作ひとつをとってみても「煮る」、「茹でる」、「蒸す」、「焼く」、「揚げる」など多様である。いずれの加熱操作方法においても、操作中に食材に熱が伝わり、食材の温度は上昇する。物体内部において高温度の部分と低温度の部分というように温度差が存在するとき、熱は温度の高いところから低いところへ移動する。この熱の伝わり方には伝導伝熱(熱伝導)、対流伝熱(熱伝達)、放射伝熱(熱放射)の3種類がある。
伝導伝熱は固体内部や静止している液体および気体(液体と気体をまとめて流体という)の温度の高い方から低い方へ熱が伝わる現象である。対流伝熱は、動いている流体とこれに接している固体間での熱の移動様式で、伝えられる熱量は流体と固体表面の温度差および熱の伝わる面積に比例する。また、熱エネルギーが中間物質には無関係に、赤外線や可視光線を含む電磁波である熱線の形をとって伝達される伝熱様式が放射伝熱である。放射による伝熱量も物体間の温度差に比例して大きくなり、直火焼きやオーブン加熱が放射による伝熱例である。
どのような調理加熱法を採用するかによって主となる伝熱様式は異なるが、多くの場合は、上記の三つの伝熱様式が複合された形で食品に熱が伝えられる。例えばガスコンロとフライパンを使ってステーキのような食材を加熱する場合、熱源であるガスの炎から調理器具であるフライパンへ対流伝熱と放射伝熱の二つの伝熱様式により熱が伝わる。フライパン内部およびフライパンから食材には伝導伝熱によって熱が伝わる。さらに食材内部においては伝導伝熱によって熱が伝えられ、食材の温度が上昇し、やがて可食状態となる。

 

加工食品の熱処理操作

大規模な食品工場において加工食品を製造する場合においても多種多様な熱処理操作が施されている。一例として脱脂粉乳の製造工程の概略を図1に示した。このなかで殺菌、濃縮、乾燥が代表的な熱処理操作で、殺菌は、脱脂乳を加熱して所定の温度で所定の時間保持し、脱脂乳中の微生物を減少させる操作である。濃縮と乾燥はともに脱脂乳から水を除去する加熱操作である。生乳(牛乳)から分離した脱脂乳の固形分濃度は通常10%ほどであるが、濃縮操作によって脱脂乳の固形分濃度を40%程度まで高める。その後、噴霧乾燥法(130〜200℃の熱風中に濃縮乳を霧状に微粒化させて噴霧し、微粒化された液滴中の水を瞬時に除去する方法)により乾燥粉末化し、粉乳を得る。
食品ばかりでなく、香料や化粧品といった香粧品の製造プロセスにおいても加熱や冷却を伴う熱処理操作が含まれる。代表的な操作としては蒸留が挙げられ、蒸留とは混合液中に含まれている各成分を、沸点の違いを利用して分離する操作法である。

 

新しい方法で省エネに一役

上述のような食品や香粧品の加工処理を行う装置・設備の設計や合理的操作方法の検討、操作中に起こる熱移動現象の解析・予測の際には、対象とする物質の熱物性値は必須の基礎資料である。省エネやエコといった言葉は、連日のようにマスコミ上をにぎわしているが、各種の調理や加工操作の省エネルギー化の促進や廃棄物を減じた資源の有効活用の促進を図る上でも、熱物性値はキーポイントの一つになると考えられる。
最近、我々が提案したのは、従来までの非定常プローブ法による熱物性値の測定・推算理論を改良したもので、簡便且つ精度良く3種類の熱物性値;熱伝導率、熱拡散率、比熱を同時に推算することができる。この方法を活用して熱物性データの蓄積・データベース化、ならびに熱物性値の体系的把握を図ることにより、食品や香粧品の加工流通プロセスにおける熱計算を詳細且つ精度良く行うことができるようになり、省エネ・エコノミーな加工装置設計、操作法の選定が可能となる。さらに本研究の成果は熱物性データの蓄積や体系的把握のみならず、新規の熱物性値測定センサー開発の一助になると考えられる。
提案についての詳細は、「村松良樹・坂口栄一郎・永島俊夫・田川彰男:非定常プローブ法による食品の熱物性値の新規同時推算法,日食保蔵誌,34(1),11─18(2008)」「村松良樹・田川彰男:非定常プローブ法による熱物性値の測定方法について,New Food Industry,51(11),41─48(2009)」を参照して頂きたい。

 

図1.脱脂粉乳の製造工程
(阿久澤良造・坂田亮一・島崎敬一・服部昭仁編著:乳肉卵の機能と利用(2005)、アイ・ケイコーポレーション、pp.47)

 

<関連用語の解説>

 比熱=単位質量(1kg)の物質の温度を単位温度(1℃)変化させるために必要となる熱量と定義され、SI単位系での単位はJ kg−1 ℃−1である。熱量の単位としてJ(ジュール)をSI単位系では用いるが、一部ではcal(カロリー)も用いることもある。栄養学・調理学の分野ではカロリーが未だに用いられており、昨今の健康ブーム・ダイエットブームもあり、カロリーもよく耳にする言葉である。
カロリーとジュールは双方とも熱量の単位であり、1cal≒4.2Jの関係がある。いま質量m[kg]の液体(比熱c[J kg−1 ℃−1])をガスバーナーで加熱し、温度をt1[℃]からt2[℃]まで上昇させた場合を考える。このとき、液体の温度を所定の温度だけ上昇させるときに必要となる熱量Q[J]は、Q=m×c×(t2−t1)となる。この例で分かるように温度変化に伴う熱量を求めるときに必要となる熱物性値が比熱である。例えば水の比熱は約4200[J kg−1 ℃−1]である。そのため、1kgの水の温度を1℃変化させたい場合、加えるべき熱量は4200Jであり、例えば3200Jの熱量を加えただけでは1℃の温度上昇を起こさせることは出来ず、逆に5200Jの熱量を1kgの水に加えた場合は5200−4200=1000Jの熱量が余剰ということになる。
 熱伝導=前述のように基本的な伝熱様式の一つに伝導伝熱(熱伝導)がある。この基礎となる法則がフーリエの法則で、伝導伝熱によって物体内部を移動する熱量Q[W=J/s]は、物体内部に存在する温度差Δθ[℃]および熱の伝わる面積A[m2]に比例し、熱の伝わる距離Δx[m]に反比例する。これを数式で標記すると、Q=(k×A×Δθ)/Δxとなり、このときの比例定数kが熱伝導率である。熱伝導率は熱の伝わりやすさの尺度であり、熱伝導率の大きい物体ほど熱が伝わりやすい。熱伝導率の単位はSI単位系での単位はW m ℃−1で、水の熱伝導率は約0.5[W m ℃−1]である。
 熱拡散率=単位体積あたりの物質の質量(つまり1m3の容器に物質をつめたときの物質の質量)を密度といい、密度の単位はSI単位系での単位はkg m−3である。密度は、中学校理科で学習した項目であり、熱の移動や流体の流動、物質の拡散現象などを考察する上で必要となる基本的な物性値の一つである。水の密度は1000[kg m−3]である。前述の熱伝導率を比熱と密度で除したものは熱拡散率と定義される。熱拡散率の単位はm2 s−1で、熱拡散率は非定常状態(例えば加熱を開始した直後のように、物体内部の温度分布が時間的に変化する場合を非定常状態という)における物体内部の温度プロフィールを知る上で必要となる熱物性値である。水の熱拡散率は1.0×10−7[m2 s−1]である。
 従来の測定方法=熱物性値の測定方法は数多くの種類がある。これまでに、多くの食品の熱伝導率測定には非定常細線加熱法を改良した非定常プローブ法と呼ばれる方法が用いられている。熱拡散率の測定法は、レーザーフラッシュ法などにより直接的に求める方法と熱拡散率の定義式を利用して熱伝導率や比熱および密度のデータから間接的に求める方法がある。レーザーフラッシュ法は緻密な固体材料の標準的な熱拡散率測定方法であるが、この測定装置は、大がかりとなり、高価であるという欠点がある。そのため、食品の熱拡散率は間接的に求められている場合が多い。食品の比熱は混合法、保護平板法、各種の熱量計により測定されている。最近ではDSC(示差走査熱量計)が多く利用されるが、この方法は、極めて少量の試料しか用いることができない、装置が高価である、などの短所を持っている。
ある一つの物質について、熱伝導率、熱拡散率、および比熱といった3種類の熱物性値を把握するためには、各熱物性値を得るために個々の装置や機材、さらには時間を使って、個別に測定している例がほとんどである。

我々は新規同時推算法を用いて、様々な条件下で数種類の食品の熱物性値を測定し、さらに実用に際して便利と考えられる型の熱物性値予測モデルを幾つか報告している。例えば豚挽肉(脂肪率3.8%、水分74.0%の豚肩肉)の熱伝導率、熱拡散率、および比熱の値は、それぞれ0.47W m−1 ℃−1、1.3×10−7 m2 s−1、3800J kg−1 ℃−1となった。

 

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