東京農業大学

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教員コラム

ウナギの完全養殖への期待

2008年4月1日

生物産業学部アクアバイオ学科 准教授 松原 創

ホルモン未投与ウナギの精子 世界初、受精能力を確認

葉形幼生の長旅

ニホンウナギ(以下、ウナギ)は淡水魚として知られているが、実は外洋(*1)で産卵する。外洋で生まれた仔魚は親とは似つかない柳の葉のような形をしており、葉形幼生(レプトケファルス)と呼ばれている。このレプトケファルス、海流にのって(*2)はるばる日本までやってくる。数千・の長旅をして日本近海にやってきたレプトケファルスは、皆さんご存知のウナギ型(シラスウナギ)に変態する。そして、海、汽水域あるいは淡水域で5―10年以上かけて成長する。この頃のウナギは黄色から深緑色の体色で黄ウナギと呼ばれている(養殖ウナギの体色は灰色に近い色)。

それぞれの生息地で成長したウナギは秋の大雨の時期に再び産卵場である外洋に向かうとされている。この時のウナギは、体色が黒銀色になる以外にも眼が大きくさらに鰭が黒くなり、下りウナギあるいは銀ウナギと呼ばれている。

しかし、これまで外洋で成熟(*3)したウナギが捕獲された例はなく、天然での精子や卵の発達過程、産卵場へ向かう経路そして産卵時期に関しては全く分かってない。

それでは、養殖に使っているウナギはどのように手に入れているのだろうか?

実は養殖ウナギ、稚魚であるシラスウナギを河口域で捕獲し、それを単に育成(畜養)したものである。養殖のための捕獲以外にも生息域の改修など様々な理由はあるが、年々、世界的に食用とされるウナギ属のシラスウナギの数は減少している。そのため、人の手によりウナギを作ることが熱望されている。

 

40年かけての研究リレー

先述のとおり、ウナギは天然で成熟した個体は捕獲されていない。また、飼育された状態でも決して成熟しない。そのため、研究者の間で、ホルモン投与(*4)によりウナギを成熟させ、シラスウナギを得る試みが1960年頃に開始された。

その結果、1960年代中にオスでは静岡県水産試験場の大上&飯塚(筆者の祖父)研究員により、メスでは東京大学の日比谷博士により人為的に成熟させた個体を得たことが報告(研究報告書として残されているデータによる)された。1974年には北海道大学の山本&山内博士(筆者の大学院の指導教員)により世界で初めて飼育環境下でふ化仔魚を得たことが報告された。そしてホルモンを投与する試みが行われてから40年近く経った2003年、水産総合研究センター養殖研究所の田中博士(筆者の博士研究員時代の受け入れ研究員)らにより世界で初めて受精卵からシラスウナギ、さらに蒲焼サイズのウナギまでに育てあげられたことが発表された。

 

「増やすこと」の難しさ

このように先人の方々の偉業により人工ウナギは作りあげられたが、その生産数は年間数匹レベルで、1匹数百万円の価値があると言われている。また、最近、マグロでは3世代目までのふ化仔魚を得ることに成功しているが、ウナギはまだ2世代目のふ化仔魚を得る(完全養殖)ことにも成功していない。すなわち、ウナギは最も「増やすこと」が難しい魚なのだ。

それでは、何が難しいのだろうか?

養殖研究所の田中博士らが開発した人工シラスウナギの生産法には、特殊な餌や飼育水槽、2時間おき(6回/1日)の水槽掃除など煩雑な飼育管理が必要であるため、安定的に安価で健全なシラスウナギを大量に供給できない。また、先述のホルモン投与の手法はコストや手間がかかる上、受精卵の質が極めて不安定で健全な仔魚を大量に得られないなどの問題がある。

現在、研究者は上記の問題を解決すべく、ホルモン投与を行わずにその生殖腺を発達させる技法の模索をはじめ、様々な研究を行っている。

 

アリストテレス時代からの謎

2006年3月、我々は養殖研究所内で飼育していたウナギの中から、腹部が大きくなったウナギを1尾、見つけた。このウナギは静岡県の業者から池入れ3年目の魚として約二百尾購入し、水温未調整の海水でさらに約2年半飼育したものの中の一尾だった。

また、翌月には26℃の淡水飼育8年目の雌化(*5)ウナギの腹部が大きくなっているのを見つけた。この淡水飼育雌化ウナギは愛知県水産試験場から分譲していただいた数十匹のうちの1尾だった。

当初、「この膨らみはお腹に水が溜まったものだろう」と思っていたが、麻酔後、開腹すると、2尾とも、肥大した生殖腺を有していた。そして、生殖腺を切ってみると精子が出た。さらに、この精子の運動活性を調べてみるとかなり高いことがわかった。そこで、この精子を人工精漿(*6)に入れ、冷蔵庫で保存し、ホルモン投与をしたメスが排卵するのを待った。待つこと数週間、1尾のウナギが排卵し、その卵と写真1aの個体の精子を人工授精させた。その結果、受精卵さらに仔魚を得ることに成功した。また、成長などに関する比較実験を行うために、同じメスから得た別の卵にホルモン投与したオスウナギから得た精子を受精させ、異父兄弟(姉妹?)を作った。写真2はそれら兄弟が変態する過程である。ご覧のように、顔及び体つきなどの外見はそっくりである。  

上記のように、ホルモン未投与ウナギから受精可能な精子を採取することに成功し、我々は「アリストテレス本人そして現代まで多くの研究者を悩ませた生物の謎の一つを解明したか!」と思った。しかし、ホルモン未投与ウナギの生殖腺はこれまで目にしてきたホルモン投与ウナギの生殖腺の形とは明らかに異なり、一部が肥大しているものだった。また、生殖腺を顕微鏡で観察してみると、精子と卵母細胞があり、明らかにこれらの生殖腺の状態は正常でないことが判明した。

 

スーパー鰻誕生?!

ホルモン未投与ウナギの生殖腺の状態は正常でないことが判明したが、その配偶子である精子は受精能力があり、正常であった。そして現在までに、写真1aのホルモン未投与個体の稚魚は11尾が生き残り、大きいものは体長約20・に成長している。一方、異父兄弟は3尾生存している。時間がかかる上、可能性は極めて低いだろうが、このウナギたちが自然に成熟するスーパーひいてはウルトラな鰻(スーパー鰻やウルトラ鰻)になることを期待して、引き続き飼育を行っている。  しかし、なぜ、ホルモン未投与で精子を出したのだろうか?

愛媛大学の三浦博士らのウナギを用いた生体外精巣培養実験の結果によると、未熟な状態(精原細胞の増殖)から成熟した状態(精子変態)に至る一連の精子形成過程は、10ng/という濃度の男性ホルモンの存在によって引き起こされる。すなわち、10ng/以上男性ホルモンがあれば、それだけでウナギの精子形成は誘起されるのである。  我々は2003年、ウナギの卵母細胞が男性ホルモンをつくることを確認している。今回の2尾は、いずれも卵母細胞と精子を有している雌雄同体だった。すなわち、雄性と雌性の両生殖細胞が男性ホルモンを産生していたと思われる。その結果、男性ホルモンが通常個体より数倍以上産生していたため、それぞれの精子形成が自然に進行したと考えられる。事実、今回の2尾の血中男性ホルモン量は10ng/以上あった。

 

特異的な因子の解明へ

今回の2尾と同じ水槽で飼育していた他の個体は未成熟のままであった。すなわち、今回の2尾は、偶然の賜物であり、再現性はほとんどないと考えられる。

しかし、もしかしたら今回産まれた稚魚たちは、自然に成熟する優れた形質を保持しているかもしれない。その形質をメスに関しても探し当てられることを期待して、今後はこの異父兄弟どうしの内面の違いを調べ、優れた形質を探す予定である。

また、2尾とも雌雄同体だったが、これらの生殖腺の一部は完全な精巣だったことも確認している。これまでのところ、飼育環境下で受精能力がある精子を有したホルモン未投与ウナギは世界中でこの2尾だけである。また、冒頭に述べたように天然でも受精能力がある精子を有したウナギは捕獲されていない。したがって、現在のところ、これらの精巣のみがホルモン未投与で精子形成を進行させるためのヒントを隠し持っているのである。

今後、これらの精巣とホルモン投与したウナギの精巣を比較解析し、特異的な因子の網羅的探索を試みる。もし特異的な因子が発見され、その因子の誘導法が解明されれば、飼育環境下のどんなオスウナギを用いても、ホルモン未投与で自身の男性ホルモン産生量を上げ、精子形成を進行させるスーパーな鰻を作り上げることができるかもしれない。   

先述のとおり、人工シラスウナギの大量生産には、特殊な餌や飼育水槽などの飼育管理という極めて重大な問題が未解決であり、安定的に安価で健全な種苗を供給できるような日はまだまだ遠い。しかし、いつか、人工シラスウナギの種苗を養殖業者へ提供できる日を夢見て、これからも研究活動に勤しむ次第である。我々がこの課題のアンカーとなるかはわからないが、今回の成果が次世代へのバトンとなることを切に願い、本文を結ばせていただく。

本研究は、日本学術振興会PD特別研究員の支援のもと行われた。末筆ながら、共同研究者である養殖研究所田中秀樹博士に感謝の意を表する。

 

補足説明

*1:2006年、東京大学の塚本博士がふ化2日目の仔魚を捕獲し、その結果からグアム沖のスルガ海山が推定産卵域であると発表された。

*2:この形は遊泳力のない仔魚が、海流にのって移動するための浮遊適応であると考えられている。

*3:この項では、配偶子が受精能力を持った状態を成熟としている。

*4:ウナギではオスとメスに生殖腺の発達を促すホルモン様物質を1匹ずつ複数回投与し、人為的に生殖腺を発達させ、精子や卵を得る。メスでは、さらに排卵を誘発させるために最終成熟期に最終成熟誘起ホルモンというものを1回投与する。

*5:ウナギは飼育環境では9割以上がオスになってしまう。効率的に卵巣を有するウナギを作製するには、シラス時に女性ホルモン入り餌を与え、生殖腺を卵巣に分化させる。このような過程は雌化という。なお、雌化魚を長期間飼育しても、生殖腺は決して成熟しない。

*6:魚体の精漿に似せて人工的に作成したもの。精子を長期間保存できる。

 

訂 正

本誌2007年12月号に掲載された「日本のコメ生産はどうなるか―正念場を迎えるWTO交渉」(板垣啓四郎)の記事のなかで、読者から世界のコメ輸出量が過小とのご指摘をいただきました。記事では、籾(記事では籾米)の輸出しか取り扱いませんでしたが、コメの輸出は、籾に加え、精米、玄米、砕米および米粉の5種類から構成されております。この5種類の総計で計算し直しますと、世界におけるコメの輸出量は2005年で2,615万3,000トンに達し(2007年12月18日現在のFAOSTATデータベースにもとづく)、輸出量の生産量に対する比率はおよそ4.2%になります。輸出量の多い国は、多い順にタイ(774.9万トン)、アメリカ(477.0万トン)、インド(406.7万トン)、パキスタン(289.3万トン)、ベトナム(111.2万トン)となっており、単純に生産量に対する輸出量の比率をみますと、タイは26%、アメリカは47%となっています。

 

 

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