東京農業大学

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教員コラム

オスメスの選択生産を考える

2007年7月18日

農学部畜産学科 教授 岩田 尚孝

畜産業に役立つ技術をめざして

2005年7月に食育基本法が施行され、2006年3月には国の食育推進基本計画が作成された。このような国の施策以前から、様々な地域・学校による食育への多様な試み、企業による消費者に対する活動が行われている。しかし、知育、徳育、体育などと比べると、親しみやすいが、馴染みが薄い。敷居は低く、普段着で良いが、実際に何をしたら良いか分からないといった声も聞く。その目的・目標・方法が明確でないままに、活動だけが先行している感もある。

そこで、食育に関する学際的研究と実践的な活動のあり方を論議し、食育推進の新たなステージを拓くために設立されたのが「日本食育学会」である。なぜ、食育が必要なのか、なぜ学会が必要なのか、その背景と学会設立意義・目的、さらに東京農業大学が食育に果たす役割について、学会設立の発起人のひとりとして考えてみたい。

 

技術革新と生活の変化

全ての動物はオスとメスに分けられる。そしてオスとメスは生まれつきの能力が大きく異なる。そのため動物の能力を利用する畜産業では、オスとメスの価値が違うことになる。

例えば、ニワトリでは卵を産むのはメスで、ウシでは牛乳を生産するのもメスである。一方で食肉用としてはオスの収益の方が大きく、高値で取引されている。そのためヒナや子牛でも著しく異なるのである。当然、なんとかしてオスまたはメスを、選択的に生産する方法がないかとさまざまな試みがなされている。

 

現行の性別の選択生産

近年、乳牛の胚の一部を切り取り、遺伝診断の後、メスの胚のみを移植するような着床前診断技術は、畜産業でも一般的に用いられている。またX染色体を持った精子(受精するとメスになる)とY染色体を持った精子(こちらはオスになる)を、分別し、授精に用いるようなことも行われつつある。いずれも高価な機械や熟練した操作が必要となる。そのため、より安価で、より簡単な方法がないか、私は興味を持っている。

上で紹介した人為的な性の選択生産方法はよく研究されている。しかし、体外授精や人工授精において、作為をなしたつもりがないのに、オス・メスが選択的に生産されることがある。このような現象の原因の多くはよくわかっていない。しかし、家畜の性を選別するヒントとなる可能性がある。ここでは、ウシの体外受精卵で、性比に差が生じる例と、その原因について紹介する。

 

ウシ体外受精卵の実験例

体外受精卵を用いた肉用牛の生産は全国で行われている。体外授精とは、精子と卵子を体外で共培養し、受精卵を得ることを言う。以前、体外受精卵を移植して、子牛を生産したところ、非常に高率でオス子牛が生まれてくることがあった。  そこで、受精時の、卵子と精子の共培養時間を変えて、胚を作成し、胚の性を遺伝診断してみた。すると、短い受精時間では理論値(1:1)に比べてオスが多く(67.3%)、長いと雌雄の割合は理論値と同じになる(52.3%)ことが分かった。また、精子は受精の前に生理的な変化を起こす。体外でその変化を誘起させた後に、短い時間卵子と共培養すると雌雄の比率は理論値1:1と差がなくなった(56.4%)。

精子は卵子と出会うと、卵子を包む蛋白質でできた殻(透明帯と言う)に接着する。これは精子本来の能力で、ウシの精子はウシの透明帯にしか接着しない。さらに、接着した後は、透明帯を通過して、内部にある卵子の表面にたどり着く。  そこで次の実験では、卵子から透明帯をはがし取り、これと精子を共培養してみた。精子は培養時間中にこれらの透明帯にそれぞれ接着する。接着した精子を対象にISHという遺伝診断を行った。すると5分という短時間に透明帯に接着することが出来た精子には、Y染色体を持っている精子が多く、また、5時間という長い間に接着した精子のX:Y率は1:1という結果になった。

どうやらウシの精子では、X染色体を持つ精子とY染色体を持つ精子の間に何らかの差があり、凍結融解後にY精子のほうが早く、卵子への接着能力を獲得すると思われる。しかし、これが全てのウシについて当てはまるのか、凍結精子だけの話なのかは現在研究を続けている。

 

身近な疑問は発見の宝庫

この実験のように胚や精子にはオスとメスの間に様々な違いがあり、使い方によってどちらかの性に有利に働き、それを応用できることが判ってきた。

研究室では大勢の学生が卒業研究に取り組むため、沢山のテーマを必要とする。興味が持てるようにできるだけ身近で実用的なものを、一緒に考え選んでいくようにしている。そして研究に取り組む中で、専門技術を習得し、さらに限られた条件の中で、創意と工夫を凝らして疑問を解き明かす楽しさを共に味わっていきたいと考えている。

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