東京農業大学

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教員コラム

[バイオマス戦略]地域資源の循環と環境共生

2010年10月18日

地域環境科学部生産環境工学科 教授 牧 恒雄

東京農大のエネルギー開発研究

[バイオマス戦略]

 東京農大では平成13年から総合研究所を中心に、バイオマスのエネルギー化技術開発の研究に取り組み、実績を上げている。さらに平成17年には、「バイオマス資源の多段階エネルギー化システムの開発による環境共生社会の創造」をテーマとするプロジェクト研究が文部科学省の学術研究高度化推進事業に採択された。本企画「バイオマス戦略」は、プロジェクト研究をチームリーダーとして率いる本学総合研究所研究事業部長、牧恒雄教授(地域環境科学部教授)による現場報告である。

 

農業とエネルギー

農大がエネルギーの開発を行っていると聞くと、何故と思う人は多いかもしれない。原油価格が高騰してガソリンが値上がりし、エネルギー問題は身近な問題になってきた。日本の食料自給率は低く、食材の多くが外国から輸入されていることは知っている。また、輸入が多くなるにつれて、食の安心・安全が保てなくなっている。しかし、エネルギー問題が深刻になると、食料の輸入が少なくなるだけでなく、今日本で作られている食材も、作られなくなるのではないかと心配している。農大がエネルギー開発を行うのは、農村こそ、地域の生物資源からエネルギーを作り、それを農業に利用するシステムが必要ではないかと考えているからである。

わが国の全エネルギー消費量は3,635×109M(1996年)で、約70%が化石燃料に依存している。産業別に見ると、農業部門に使われているエネルギーは全体の2.2%で多くはない。しかし、農業で使われるエネルギーは効率が悪い。施設野菜の栽培には、農業で使われるエネルギーの約21%が使われている。夏にとれる露地栽培のキュウリと、冬のハウス栽培では、収穫に必要なエネルギーは当然異なっている。しかし、露地栽培のキュウリが全くエネルギーを使っていないかというとそうでもない。肥料や水やり、土の消毒、支柱など、どれをとっても化石燃料が必要である。カロリーを考えると、ハウス栽培できゅうりを1本育てるのに使われるエネルギーは、人がきゅうり1本を食べて得られるエネルギーの1,000倍といわれている。このように野菜が無いと困るが、一年中野菜が豊富に入手できるわが国は、農業でも大量のエネルギーを消費しているということである。このエネルギーが高騰したり、入手が困難になると、当然肥料や農業資材が値上がりし、野菜の値段に影響するだけでなく、農家の中には利益が出ないと栽培をやめるところも出てくる。そんな危惧が、農大のエネルギー開発の根幹にある。

 

生物由来の資源を利用

石油代替のエネルギーとしてバイオマスエネルギーが注目されている。バイオマスという言葉は「生物由来の資源」を意味する言葉で、これら植物や動物からなる有機物をエネルギーに転換したものがバイオマスエネルギーである。ブラジルは広大な面積の農地にサトウキビを栽培し、ここからエタノールを生産している。エタノールは自動車のガソリンに50%以上混合されて新燃料として利用されており、ブラジルは燃料輸入国から燃料輸出国に変わった。政府もブラジルからエタノールの輸入を検討している。同様に、アメリカはとうもろこしや麦わらなどからエタノール生産を行っている。広大な国土を持つ国々は、エネルギーに転換をしやすい作物を大量に栽培できるが、わが国で食料の確保しながらさらにエネルギー転換作物を栽培することは難しい。

バイオマスを分類すると、《1》廃棄物系バイオマス(家畜糞尿や敷料などの畜産廃棄物、生ごみや食品工場からでる食品廃棄物、製紙パルプ廃液や製材工場などでから出る林産廃棄物、下水汚泥)、《2》未利用系バイオマス(間伐材や林地残材などの林産資源、籾殻や稲わらなど農作物でも食べることが出来ない非食用部などの農産資源)《3》資源作物(サトウキビやイモ類などのエネルギーに転換しやすい作物資源、菜の花などの油脂資源)に分類できる。しかし、これらのバイオマスがすべて利用できるわけではない。また、製紙パルプ廃液や製材工場などから出る林産廃棄物などのように、燃料としてすでに利用されているバイオマスもある。バイオマスのエネルギー化研究は、化石燃料の枯渇や地球温暖化の防止策として注目を集めているが、なかなか実用化されていない。それは、投資する費用とエネルギーとして売れる費用の収支が合わないからである。

 

農大のバイオマス研究

農村には間伐材の価格が安いことから、伐採されていない樹木や、稲わら、籾殻、果樹の剪定枝など、利用されていないバイオマス資源がたくさんある。そこで、これらのバイオマスをその地域でエネルギー化し、そのエネルギーを農業に使うことで地域循環ができるし、農村に住む人々の生活系廃棄物も合わせてエネルギー転換すると、廃棄物処理の費用も低減出来る。農村地域で処理すると、バイオマスの運搬距離も短く収集コストも少なくなるし地域雇用も発生する。しかし、この地域を広げ規模を拡大すると、施設の投資額も大きくなり大量のバイオマスを各地から収集運搬することになり、これだけで大きな環境負荷が生じる。

都市には家庭の生ごみや下水処理場の汚泥などの廃棄物系バイオマスがたくさんあるが、分別収集や前処理に手間がかかり、エネルギー化は難しい。そこで、先ず利用しやすいバイオマスをエネルギー化するために、農業から出るバイオマスだけでエネルギー収支を考えたが、農業に使うにはエネルギー源が不足する。そうなると、太陽光や風力などの自然エネルギーも利用するし、農業から出るバイオマスだけでなく、地域の人々の生活から出るバイオマスもエネルギーにして利用する事も必要である。特に、学校や病院などの給食系の廃棄物は、利用しやすいバイオマス資源である。

今、バイオマスのエネルギー化研究は、世界中で開発競争が行われている。ヨーロッパではバイオマスのガス化研究が盛んで、家畜の糞尿を利用した小規模なメタン発酵システムから、地域の鶏糞を集め燃焼させて発電と熱利用を行なう中規模のシステム、大量の樹木チップをガス化して大規模な発電と熱利用を行うシステムなど実証事例も多い。アメリカでは、大量に取れるとうもろこしからエタノールを生産するだけでなく、遺伝子組みかえを行った大腸菌を用い、樹木を糖化してエタノールを得るプラントなども稼働しており、アメリカ政府もエタノール開発に力を入れている。わが国でも、小規模ではあるが樹木をペレットに加工し燃料に利用したり、北海道では家畜糞尿をメタンガスにして発電を行っている農家もある。また、大規模なガス化発電の研究も行われているが、実用段階には至っていない。

 

エネルギー化技術の開発

エネルギー化研究はバイオマスを効率よくエネルギーに転換するための技術開発と考えている人が多いが、資源となるバイオマスをいかに安く集めるか(これを入口という)、どのようなエネルギーに転換するか、転換したエネルギーを誰がどこで使うか(これを出口という)を一つのながれとして考えないと利用できない。里山の保全や竹林の繁茂対策に困っている農村では、木質系のバイオマスを使うシステムが必要だし、畜産が盛んな地域では、糞尿処理を念頭にエネルギー技術を開発する必要がある。特に山林においては、樹木の伐採、搬出、運搬などの作業が活発になると、森林管理が行われるようになり森林の機能も回復する。農大では地域にあった処理方法を提案するために、技術開発以外に、バイオマスの詳細調査や経済評価、環境評価や環境教育を担当するチームを構成している。

農大の技術開発のコンセプトは次の通りである。《1》技術開発はローテクノロジーをベースに行う。《2》システムの規模は地域分散型で小型システムとする。《3》地域循環を構築するために、複数の処理システムを併用する。《4》実施しやすいシステムにするために、エネルギー化機械の上限価格を設定して開発する。これらのコンセプトに沿って、現在、食品系廃棄物、木質系廃棄物のエネルギー化技術を開発している。ローテクノロジー(多くの人が知っている技術)を柱にする理由は、地方で利用する場合、ハイテクを駆使した先端技術では専門の技術者が必要になり故障等にもすぐ対応できないが、ローテクだと処理方法が簡易で技術の中身が分かり易いことから、多くの人に安心して利用してもらえる。しかし、今までローテクが普及しなかった理由が何かあるはずである。そこで、そのウイークポイントを改良する研究を行い、新たな研究成果を技術導入して開発している。次に、地域分散型のプラントは小型で効率が悪いといわれている。しかし、効率が良くても投資額や維持管理費が高額であると、誰でもが利用できない。そこで市町村が出せる金額や国の補助金等を勘案して、システムの上限価格を5,000万円と設定し開発している。さらに、地域によっては一つのシステムを導入するより、複数のシステムを併設した方が完全に処理できる場合が多い。そこで、できるだけエネルギー化施設に堆肥や肥料などの資源化施設を併設することを提案している。この方法だと、廃棄物処理や環境対策へ十分な費用を負担することが出来ない企業でも共同でシステムを購入できるし、小さな規模のシステムだと早期に技術が普及し、国全体を考えると環境負荷への低減効果が大きくなる。

 

生ごみのエネルギー化も

現在、生ごみからメタンガスを得るシステムと、生ごみからエタノールを得る技術を開発している。メタン発酵は各地で行われているが、発酵残が多く発生しこれを処理する必要があることや、廃液の濃度が高く再度浄化する必要があることなどから、普及が遅れている。農大方式では、残がほとんどでないし、廃液も下水の放流基準を下回るきれいな廃液しか出てこない技術を開発した。また、アルコール発酵は、農大が開発した乾燥した生ごみから固体のままエタノールを精製する固体発酵法を行ない世界で初めて生ごみのエネルギー化を実現した。木質系バイオマスは、生木でもなく炭でもない半炭化物を開発し、1時間で高いカロリーを持つ燃料に変換する技術を開発している。

次回はこれらの技術を紹介する。

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