東京農業大学

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教員コラム

植物の生長・発育と光質の関係

2005年7月1日

農学部農学科 教授 雨木 若慶

発光ダイオードを使って解明へ

光は、生物を取り巻く環境の中で重要な要素のひとつである。我々ヒトは眼の網膜、視細胞にあるロドプシンという光受容タンパク質で光をとらえ、感覚神経の興奮として脳の中で明るさ、色を認識している。では、植物は光をどう認識しているのだろう。

 

植物が光を認識するしくみ

植物も光受容タンパク質をいくつかもっており、光合成のための光受容体としてよく知られるクロロフィル(葉緑素)の他、光の強さや明暗周期などの光環境を認識するための光受容体としてフィトクローム(主に赤色光、遠赤色光を吸収)、クロプトクローム(青色光を吸収)、フォトトロピン(青色光を吸収)が明らかにされている。さらに、最近では緑色光の光受容体の存在が示唆されており、植物は非常に繊細で複雑な光受容システムをもつことが徐々に明らかにされつつある。植物は移動できないため、おかれた光環境情報を認識し、それに応じて形態や機能を素早く変化させる術を生存のための戦略として備えているのだろう。

日常よく見られる例として、周囲を背の高い植物群落に囲まれた個体が、ひょろひょろと茎を伸ばして、群落の上に葉を広げていることがある。これは周囲の植物との背比べに負ければ十分な光が得られず、子孫を残すこともできず、生存も危ぶまれるからだろう。このような茎の伸長がなぜ起こるのかを調べた研究があり、この反応には光の質が深く関わることが明らかになっている。周囲の背の高い植物の葉の下では、光合成で利用する主に赤(600〜700nmの波長域)と青(400〜500nm)の光が葉に吸収され減じるが、赤より長波長側にある遠赤色光(700〜760nm)はほとんど透過してくる。そのため群落の下の方では赤色光(R)と遠赤色光(FR)の量比(R/FR)が小さくなる。

植物はこのR/FRの変化を光受容体のフィトクロームでとらえ、比が小さいときは葉の展開を抑え、茎が太ることを犠牲にして茎を長く伸ばす戦略をとるという訳である。光受容体に関する研究は、主に植物生理学、近年では分子生物学の技術を駆使して進展している。これらの研究情報は植物の生産現場ではどのように活かされるのだろう。

 

植物の生長・発育と光質に関する研究の端緒

私が光質と植物の生長・発育の関係に注目したのは約20年前に遡る。当時、組織培養の手法を用いて、植物の生長、開花、球根形成などの現象を研究していたが、光源が変わると測定データが変わることに気がついた。同じ白色蛍光灯でも、メーカーにより植物の反応が少しずつ異なるのである。各メーカーからカタログを取り寄せて比較してみると、我々の眼では全く同じに見える光でも、放射光スペクトルがメーカーにより異なることがわかった。

その時点では、このスペクトル(光質)の違いが影響するとは思ったものの具体的な実験手法が浮かばず放っていた。10年ほど前から発光ダイオード(LED)が光源として急速に進歩し、さまざまな色の明るい(輝度の高い)LEDが出回るようになってきていたが、ある学会でLEDはごく狭いスペクトル領域の光を発する光源で、種類をうまく選べば特定の光(単色光)を照射できることを知り、長年疑問に思っていたことを研究できると直感した。

最初は先駆け的な研究を進められていた千葉大学の古在豊樹教授の研究室に伺ってLEDの扱い方を教えていただき、秋葉原でばら売りのLEDを購入、基盤にハンダ付けして光源を自作することから始めた。その後様々な方々の協力を得ることができ、現在の研究体制が整った。冒頭に挙げた光受容体に関する研究は、実験結果の精度を高めるため発芽直後の実生や黄化実生(もやし)を用いており、特殊な条件下で行われている。

生産現場の環境とは大きなギャップがあり、生長初期だけでなく長期にわたる光質の影響をみた実験が当時はほとんど無かった。そこで、まず単色光だけで植物を栽培し、それぞれの単色光が植物の生長・発育に及ぼす影響を明らかにする必要があると考え、LEDを使って十数種の園芸作物を栽培することから始めた。

 

ナスとレタスは青色光の作用が違う!

図1、2は、ナスとリーフレタスについて、青、青緑、緑、赤色光の各LEDを用いて、20〜150μmolm−2s−1 PPFD(光合成有効光量子束密度:放射光の強さを表す)の各放射強度で25日間栽培したときの結果を示している。 この実験では初期生育をそろえるため、播種後本葉が2枚展開するまでは白色蛍光灯下で育苗し、それから各単色光下に移し栽培した。茎の伸長を比較すると、ナスでは青色光で長く伸長し、その他の光では大差がない。一方、リーフレタスでは青色光下では茎の伸長は顕著に抑えられ、その他の単色光、特に赤色光下では茎の伸長が著しい。つまり、植物の種により光質に対する反応が異なる。植物生理学では青色光は植物の茎(大半の測定部位は胚軸)伸長を抑制するとされているのだが、ナスは全く逆の反応を示している。ナスも発芽直後の実生に青色光を照射すれば、下胚軸の伸長は抑えられる。

実生という生長初期に限れば、青色光の茎伸長抑制作用は一般化してよいのだろうが、さらに生長した後の茎伸長には明らかな種間差がある。従って、長期にわたって植物を栽培するときの光質の影響を明らかにするには、やはり個々の植物について実験し、確認する必要がある。

図2の写真でみられる顕著な光質の影響として、葉の展開様相がある。ナス、リーフレタスとも赤色光下の植物の葉身は縮緬状となり葉縁が巻き込むのに対し、青、青緑、緑色光では平滑に葉身が展開する。光を捉える態勢としては葉が平滑に展開した方が有利で、結果的に赤色光下の植物の生長量は青色光下に比べ劣る。特にリーフレタスでは、青色光下では低い放射強度(100μmolm−2s−1 PPFD)で正常な草姿となっており、青色光の形態に及ぼす影響が強いことが明らかである。

 

光質に関する研究の今後の課題

現在、LEDを光源とした植物工場が稼働し、葉菜類の営利生産が可能になっている。LEDによる植物栽培はアメリカのNASAで積極的に推進されているが、これは宇宙ステーション内の環境維持のために植物の力を活用することが前提となっているためである。有機物生産、酸素供給、汚水の浄化など植物がもたらす恩恵は甚大なものがある。従来の植物栽培用光源はランプ寿命が短く、またフィラメントなど構造的に弱いこともあり、宇宙で用いるには難点がある。

その点発光原理の異なるLEDは理論的には長寿命、省エネの光源としての利点をもつ。価格など経済的理由から、現在のLEDによる植物栽培は赤色光LEDが中心になっているが、我々の研究結果からも明らかなように、赤色光のみでは正常な生長・発育は難しい。それぞれの植物について、それぞれの成長段階でどんな光が必要で、またそれぞれの単色光がどんな作用をもつのか、まだまだ研究情報が不足しており、まずは今後とも単色光の個々の作用を対象植物の種類を広げながら基礎データの収集を図りたい。併行して、光質の制御による植物の生長・発育の調節技術の開発につなげられればと考えている。

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