東京農業大学

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教員コラム

生態の謎を解き海の恵みを守る〜性転換するエビのふしぎ〜

2009年7月17日

生物産業学部アクアバイオ学科 教授 千葉 晋

お寿司やお刺身は、私たち日本人の大好物。ところが最近、その主役である魚介類たちに何やら異変が起きているようです。

そこで今回は、東京農業大学生物産業学部アクアバイオ学科の千葉晋准教授が、北の海に生きるふしぎなエビの生態を解明しつつ、魚介類の保全について語ってくれます。

 

オスからメスに性転換する「ホッカイエビ」

今、世界中で漁業資源(漁業で捕獲される魚介類)が減っています。私たちの食を支える海や川の生き物たちに、いったい何が起きているのでしょうか。その具体例を、オホーツク海など北方の海岸部に生息する「ホッカイエビ」の生態を通して見ていきましょう。

ホッカイエビは体長約10数センチメートル。全身に縦縞模様があるので「シマエビ」などとも呼ばれます。とてもおいしく、高級食材として知られています。

ところがこのホッカイエビは、かなりの変わり者。なんと成長途中に「性転換」するのです。生まれてから0歳までを未成熟なオスの状態で過ごすと、1歳でオスとして成熟し繁殖に参加。2歳になると今度はメスに変身して繁殖に参加する。これが「基本の変身パターン」です。

このほか熱帯魚などの一部にも性転換するものがいますが、形態を変えるのはエネルギーのロスが多いため、生物全体で見るとごくわずかしかいません。エビの中でも、ホッカイエビやその仲間である甘エビ、ボタンエビなどに限られています。

それでもあえて性転換を行うのは、これがホッカイエビにとって子孫を残す最良の方法だからです。人間を除くすべての生き物は、より多くの子孫を残せるように進化してきています。ホッカイエビの場合は、オスメス別々に生まれるよりも、一つの個体が途中で性転換したほうが効率がよいということでしょう。

 

周囲の状況に合わせて性転換の時期を調節?

ところで、ホッカイエビの性転換を調べるとふしぎな現象に気づきました。性転換するタイミングが先の基本パターンと異なる個体がいるのです。たとえば、1歳では本来オスになるはずが、それを省略して「早熟メス」になるものがいたりする。

考えられる原因は二つあります。一つは自然環境の変動。水温の高低やえさの有無が個体の成長に影響を与えるのです。そしてもう一つが、漁業活動によってオスとメスの割合がゆがめられていること。こちらは深刻な問題を引き起こしています。

一般的にエビ漁で使われる網は目が大きく、大型のものだけが捕獲され小型のものは網から抜けるしくみになっています。大型のエビのほうが商品価値が高いので、小型のものは種の保存のために獲り残すのです。

しかし、ホッカイエビの場合大型の個体は2歳以上のメスばかり。網にかかり私たちの口に入るのはすべてメスなのです。この結果、群れの中でオスに対するメスの割合が極端に少なくなり、オスは繁殖相手を見つけることができません。このままでは子孫を残せず、ホッカイエビが存亡の危機に!

そこで登場するのが「早熟メス」。これはまだ仮説の段階ですが、こうした周囲の状況をホッカイエビ自身が判断し、それに応じて性転換のタイミングを早めていると考えられます。つまり、偏ってしまったオスとメスの割合を正常に戻すために、本来オスになるべき個体が予定を繰り上げて早熟メスになり、「性比の調節」を行っているというわけです。

 

生き物の生態を解明し魚介類を守る

とはいえ、これでホッカイエビのピンチが救われたわけではありません。無理して早くメスになった個体は身体が小さく、産む卵の数も大きさも普通のメスに比べてはるかに劣るからです。さらに、これらの卵から孵化した子どもが弱いこともわかってきました。

実はこうした「個体の小型化」はホッカイエビに限らず、タラやカレイなど世界中の漁業資源でも起きています。やはり大型の個体、すなわち親がどんどん捕獲されてしまうので、小さな子どもが無理やり成熟して子どもを産む。しかし、生まれた子どもは弱くて生き残れない。それで数が減り続けているのではないかというのが有力な説です。

では、どうすれば漁業資源の数を回復できるのでしょうか。いちばんよいのは獲らないことですが、人間活動の点からいってもそれは難しいでしょう。可能な方策の一つは、現在の漁法とは逆に「大型の個体を優先的に獲り残す」こと。あるいは、大型の個体を捕獲しその卵から子どもを人工的に飼育して放流する。人間の手によって失われそうなもの、失ってしまったものを人間の手によって復活させるのです。それから、群れの遺伝的多様性が高いほど、人間による不自然な変化は、元に戻りやすい可能性があります。遺伝的多様性と漁業の関係も、これまであまり考えられてきていません。長期的に見れば、保全は儲かると言えるかもしれないのです。

魚介類は大切な海の恵み。これ以上減らさないように、それぞれの生き物に適した保全のあり方を考えなければなりません。そのために、個々の生き物が生きていくのに必要な要因や、遺伝子などを研究していくのも、農学のおもしろさです。

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