東京農業大学

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教員コラム

毒素が良薬に変身する!解明が進む微生物の世界

2009年7月17日

生物産業学部食品香粧学科 教授 渡部 俊弘

細菌と聞くとついマイナスのイメージが思い浮かぶのではないでしょうか。しかし一方では、その構造や特徴を活かした画期的な薬が生まれるなど、微生物と人類には切っても切れない深い関係があるのです。

そこで、東京農業大学生物産業学部食品科学科の渡部俊弘教授が、最先端で行われている細菌の活用法について語ってくれます。

 

食中毒には感染型と毒素型の2種類が!

普段何気なく口にしている食べ物が安全であることは、人がより良い生活をしていくうえで重要な意味をもちます。しかしながら過去には様々な食中毒事件が起きています。近年では、O -157 という病原性大腸菌が食品に混入したため爆発的な食中毒の集団発生が起きました。また、加工乳や乳飲料に黄色ブドウ球菌という細菌が作った毒素が残っていたため、千人を超える人が被害に遭いました。

このような食中毒は細菌が原因で、細菌が体内に入ったことによって起こる感染型食中毒と、細菌が作った毒素を摂取することで起こる毒素型食中毒に分けることができます。食中毒を引き起こす細菌は、私たち人類にとっていわば敵のような存在。しかし中には、ボツリヌス菌のように役に立つ菌として研究が進んでいるものもあります。

 

毒素が病気の苦しみを和らげる?!

ボツリヌス菌は、酸素のない環境を好む嫌気性の細菌で、食品の中で作りだすボツリヌス毒素は人体に入ると神経に毒素を出し、神経麻痺の症状を主とする食中毒を起こします。その強い毒性から、生物兵器にも利用されるほどです。欧州では自家製ソーセージやハムを食べて発生することが多く、日本でも、昭和26年に北海道岩内町でイズシ(※)を食べて感染したのを始めとして、真空パックされた熊本名物の辛子レンコンや輸入された瓶詰、缶詰による感染などが確認されています。

このように恐ろしいイメージの強いボツリヌス毒素ですが、実は一方で、筋肉を弛緩させる作用を逆手に取って、顔面のけいれんや首や背中の筋肉の異常な収縮といった症状を緩和させる治療に使うことができるため、医療の世界では画期的な薬としても知られています。ジストニアという病気は、異常な筋肉の緊張によって思い通りに体を動かせなくなり、大変な苦痛を強いられます。しかし、ボツリヌス毒素を極少量、異常な筋肉に局所的に注射することで症状を改善させることができ、多くの患者さんがボツリヌス毒素の恩恵に与っています。

また、顔に注射をすると細かい筋肉の緊張を和らげることでしわをのばし、できてしまった深いしわを取る魔法のような薬としても活用されています。

 

タンパク質に守られた毒素の構造を活かして新薬を開発

さらに、ボツリヌス毒素のあるユニークな特徴に着目して、新たな薬への利用についても研究が進められています。その特徴とは、ボツリヌス毒素の本体である神経毒素は、複数の無毒なタンパク質と結合して存在しているということです。神経毒素だけなら体内で胃酸や消化酵素によって簡単に分解されてしまい毒性を示すことはありません。しかし、無毒タンパク質と結合しているため分解されることなく通過し、小腸まで到達してアルカリ性の環境になったときにはじめて結合が解け、さらに一部の無毒タンパク質が小腸で神経毒素が吸収されるのを助けるのです。そうして侵入した神経毒素が神経まで運ばれ毒性、麻痺を引き起こします。

このように、毒素が無毒タンパク質に守られて存在していることは非常に珍しく、ボツリヌス毒素特有のものです。効率よく小腸で吸収される仕組みを持っていることを逆転の発想で考えるとどうなるでしょうか。もし毒素を何か有用な薬剤に置き換えることができたら、これまで苦痛を伴う注射に頼っていた薬剤の投与を、飲むだけで体内の悪い部分に届けることができる「経口薬剤送達システム」に活用できるはずです。そのため、現在ではボツリヌス毒素や結合している無毒タンパク質についての詳細な解明が進んでいます。

一見悪者のように見られた細菌の性質を逆に利用して役立てる方法を研究するのも農学のおもしろさです。

 

※押し鮨の一種

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