東京農業大学

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教員コラム

マツタケ

2015年10月1日

地域環境科学部 森林総合科学科 教授 江口 文陽

天然物を利用した食彩(6)

富士山のマツタケを追いかけて30年

 「匂いマツタケ味シメジ」という言葉はよく耳にすると思う。「味シメジ」と称されるきのこはホンシメジだ。マツタケやホンシメジの人工栽培法の確立は多くの人々の夢でもある。きのこの栽培技術や生理生態学的研究の進歩により、ホンシメジの人工栽培は確立されたもののマツタケの人工栽培は現在も成功していない。
 マツタケは、林地での増殖法として発生環境が備わった林地を整備して発生しやすい森林環境に養生すること、整備した林地に胞子や菌糸体を充填したカプセルを散布・埋設することなどでアカマツ林にマツタケ菌糸の塊である“シロ”を増殖させる試みを林産化学研究室では実施してきた。その陣頭指揮をとられたのは恩師である檜垣宮都名誉教授だ。檜垣先生のご指導と私の発想などを組み合わせてゼラチンカプセル、HPMC(ヒドロキシプロピル メチルセルロース)カプセル、プルランカプセルなどのハードタイプやソフトタイプを用いて実験した。広島県、岩手県、長野県、群馬県などの以前はマツタケが発生していたアカマツ林で試験を行ってきた。岩場の急斜面を整備してマツタケの菌糸成長に効果的であろうと考えられる天然物やアミノ酸およびミネラルなどを散布した。斜面での作業は多くの困難もあったが、水のポリタンクを担いで急斜面を何度も上り下りした時の辛さは今でも思いだす。また、マツタケの菌糸をマツの根に感染させた苗を林地で栽培する方法なども試みた。林地土壌内でのマツタケ菌糸体の成長や“シロ”の面積の拡大などは観察されたがマツタケの発生には至っていない。
 富士山の噴火によって堆積した砂礫上には、長い年月をかけて植物が入り込み、荒原から草原を経て森林へと植物群落が移り変わる「遷移」が繰り広げられてきた。きのこの種が好む樹種を熟知していればマツタケを探すのも容易である。標高1000mから1500mのブナ、ミズナラ、カエデなどの落葉広葉樹の森を8月頃に散策するとバカマツタケをよく見かける。マツタケに比べ、小ぶりでやや繊維が柔らかいが、香りはマツタケよりも強くおいしいきのこだ。また、アカマツ林にマツタケよりもやや遅い時期に発生するマツタケに似たマツタケモドキがある。富士山のマツタケは、アカマツ、ツガ、コメツガの林から発生する。マツタケのシーズンともなれば早朝からマツタケ狩りの車を見かける。マツタケはアカマツの根元近くの肥沃な土壌の上からに発生すると思われがちだが、岩場やアカマツとは離れた思わぬ場所からその姿をのぞかせている。マツタケと出会うには林床のわずかな盛り上がりや林内に漂うマツタケの香気成分を研ぎ澄ませた五感で感じ取ることが肝心だ。
 神秘的な富士山から自然の恵みとしてマツタケが享受される。自ら掌握したマツタケを見ると顔は必ず綻ぶのだ。その一瞬の感動に魅せられてマツタケを求めて30年、私は富士山の虜になっている。
 マツタケの子実体の形成は、現代の科学でも解明されていないことが多い。自然環境の中から産するマツタケに感謝し、その味、香り、歯ごたえを感じながらきのこの王様『マツタケ』を食す今日この頃である。自然の恵みが享受される環境維持と保全活動が現代人のとるべき行動ではないだろうか…。

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