東京農業大学

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教員コラム

わさび

2015年7月1日

地域環境科学部 森林総合科学科 教授 江口 文陽

天然物を利用した食彩(4)

辛味は物理的な細胞損傷に伴って生成される

 私が幼稚園の頃だったろうか、父の友人宅に招かれた際に大きな桶にきれいに並べられた鮨が振舞われた。奥さんが「坊ちゃんはこのあたりのさび抜きを召し上がれ!」と勧めてくれた。生意気な話であるが、その鮨の味にアクセントがないと感じたことを今でも鮮明に覚えている。私は幼少の頃から大人の中で育ったので、大人と同じ食材や薬味を食していたのだ。父の教育方針は、子供にも幼児語は使わず、食べ物も子供だから早いという論理はなしにいろいろな食経験を積ませてくれたのだ。わさびもそのひとつである。子供の頃、わさびを好んで食べると「わさびはどんな味!」と質問されたものだ。大人となった今でもその表現には困ることもある。わさびは子供でも大人でも「甘みがあって、鼻の奥にツーンとくる辛味」ではないだろうか。しかしながら、「甘み」、「辛味」といっても一般的な味の表現とはだいぶ違うのだ。
 わさびは、アブラナ科の常緑、多年生、宿根性の日本原産の植物である。日本の広い範囲に分布し、きれいな渓流の沢に自生している。自生する環境が整った場所は現在少なく、野生のわさびを食す機会は少なくなっている。現在わさびは、同一種のものが水を利用して栽培される水(沢)わさびと日光の照射される量を調整した畑や林地で栽培される畑わさびが流通されている。
 わさびは、特用林産物であることから林産製造学や林産物利用学の分野で研究が実施される。私が学生の頃から林産化学研究室では、わさびの葉、葉柄、根茎(わさび)、太根、子株などを分別して成分分析、育種を目的とした組織培養やプロトプラスト調製などを行ってきた。
 わさび研究においては多くの研究者によってあらゆる角度から研究が実施されている。わさびの辛味の主成分は、揮発性のアリルからし油であり、わさびをすりおろしたときに根茎細胞内に共に存在する加水分解酵素のミロシナーゼがアリルからし油に作用して、からし油、ブドウ糖および硫化水素カリウムが生成される。わさびのおろしたての鮮やかな緑色は食欲を増進させると共にわさびの成分が刺身やその他の食品の生臭みを消すとともに内臓の血流を促進させ消化吸収を高めること、血小板凝集抑制効果が高く老化現象防止、抗炎症作用、抗アレルギー作用などがあることも確認されている。
 わさびは、刺身、鮨、蕎麦、鰻の白焼き、鳥肉ささ身焼きなどの薬味として添えられていることは定番だが、西洋料理のシェフが肉や魚の創作料理に活用し始めていることも興味深いところだ。日本固有の特用林産物“わさび”の活用がいま注目され始めているのだ。

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