東京農業大学

メニュー

教員コラム

たけのこ

2015年6月1日

地域環境科学部 森林総合科学科 教授 江口 文陽

天然物を利用した食彩(3)

子育てのような手間が『おいしい』を作り出す

 日本人は、伝統的に家族で食卓を囲むことの多い民族であろう。近年、核家族化が進むとともに夫婦共働きなどの社会的な状況においてその伝統は変化を余儀なくされつつある。そんな現代であるからこそ食材を囲み、その食材について語ることの重要性を感じるのだ。
 我が家では、季節ごとに「旬のたより」と銘打った食材が食卓を飾る。春の季節のたよりの一つは林産物の“たけのこ”だ。日本の竹は、14属600種類程度あり、モウソウチク、ハチク、マダケが日本三大竹と呼ばれている。“たけのこ”として食される種類は、一般的にモウソウチクである。1740年中頃に中国から鹿児島県へ移入された。
 “たけのこ”として食用に利用される竹は栽培管理される。おいしい“たけのこ”を生産するには周年を通した地道な作業が不可欠だ。管理された竹林からの“たけのこ”の発筍は3月下旬から始まる。この頃の“たけのこ”は小さいが若竹独特の香りも強く、お吸い物などで旬を楽しむことも粋である。4月下旬から5月下旬ともなれば、大きく甘みを蓄えた“たけのこ”に成長する。しかしながら、この頃のおいしい“たけのこ”は土の中にその体をとどめ、日光にあたっていないことが肝心だ。“たけのこ”は日光に当たると光合成も開始する。光による細胞損傷などから酵素も働いて細胞の中にあるアク成分のシュウ酸やホモゲンチジン酸が増加するとともに、乾燥して味が落ちる。“たけのこ”は早朝の暗いうちから“たけのこ畑”の小さなひび割れを見つけ、その部位を専用の道具で“たけのこ”にキズをつけないように掘りおこす。キズは“たけのこ”の酸化を促進し旨みが低下するからだ。
子育てのような手間が『おいしい』を作り出す
 “たけのこ畑”では収穫と共に、残す新竹と親竹の選抜が重要な要素となる。新竹は発筍年に成熟し、次の年には光合成によって作り出した養分を地下茎に蓄え、次代の“たけのこ”の発筍を促す。親竹は3〜5年生の頃に多くの“たけのこ”を生み出し、7年生ともなれば“たけのこ”をほとんど生産しなくなる。おいしい“たけのこ”の栽培は、5m程度の高さを保つように竹の先端を折り、竹林への風通しや程よい光の管理とともに地下茎への養分蓄積を考慮しなければならない。もちろん“たけのこ”を掘りおこしたシーズン後に窒素、リン酸、カリウムなどの三要素を含有したその地の土壌ごとに適した施肥、除草や追肥、古くなった親竹の伐採、畑全面への敷き藁と藁を覆う土入れなどの施業が栽培者によって培われた経験のもと実施されるのだ。
 特用林産物の“たけのこ”は良質なタンパク質や炭水化物が豊富で機能性に深く関与するカリウムやチロシンなども含有する。「旬のたより」として掘りたてを調理して食すとともに、保存食としての水煮なども生活の中に上手に取り入れ、煮物、炒め物、あえ物、ご飯の具材などに活用いただきたい。 なお、モウソウチクは食用ばかりではなく突然変異体の「亀甲竹」は貴重な美術工芸品としても利用されている。竹林を食用や工芸品の生産の場として観察することも楽しみではないだろうか。

ページの先頭へ

受験生の方