植物に塩水を与えたり、乾燥下で放置されたりすると植物は枯れます。これは植物が充分に水を吸収できなかったことが原因です。塩水は細胞の原形質分離を起こすため根、茎、葉が「しおれ」やがて「枯れ」ます(塩害と呼ぶ)。しかし、陸上植物には塩水を与えても生育できる植物があるのです。多くの研究によって、@塩水や海水濃度に反応して体内のイオン濃度が調整できる植物、A細胞内の液胞にナトリウム塩などを貯蔵できる植物、そしてB塩類腺等の器官から塩分を体外に排出できる機能を持つ植物等、様々な特殊機能を備えた植物であると理解されてきました。これらは塩生植物(Halophyte:ハロファイト)と呼ばれ日本にも世界中にも存在し、海外では海岸地域から数百〜数千Km離れた大陸の内部地帯でもみられます。
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西オーストラリア大学(UWA: University of Western Australia)構内の芝生地
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海岸から遠く離れた地域でなぜ塩生植物が生育するか?、この背景には土地の塩類集積(乾燥地、半乾燥地や沙漠地等と呼ばれる地域における土壌劣化のひとつで、土壌中に存在する水溶性塩類が毛管現象によって下層土から上層土に移行し、土壌表層面から水分のみが蒸発してこれらの水溶性塩類のイオンが結晶として地表層面に残留、堆積する現象を意味している。従って、極度の乾燥地帯ではこの現象が顕著となる。)があるのです。広大な乾燥地や沙漠地のあるアジア、アフリカ、アメリカ、オーストラリア等の大陸の内陸地域にもこの現象がみられるのです。塩類集積化した地域ではほとんどの陸上植物が「しおれ」て「枯れ」ますが、そのような地域には塩生植物のみが生存します。塩分濃度が高いと生育できる種類数が極端に減少して生育量も低下しますが生存するのです。
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海水濃度1.5倍でも生きているDistichlis spicata(UWA・School of plant biologyでのポット実験の様子)
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多くの国々では貴重なこの適応能力を持つ植物の有効利用が考えられています。西オーストラリア州に生育するイネ科Salt grassをはじめとする芝草を生育し、荒廃した農地を修復した結果、「まちを救った芝草」と報道されるまでに至った事例があります。また、日本での小麦類や穀物類等の価格値上がり背景には西オーストラリア州の干ばつと塩類集積による不作がその要因になっています。農作物等の不作を防止するための手段としてイネ科牧草や芝草を生育させ、地表面からの蒸発散抑制(土壌水分保持)と塩類集積抑制を期待した多くの試みも行われ、その一端を約1年間西オーストラリアにて学びました。
人間よりも長い歴史を経験して来た植物群は、環境ストレスや環境適応に対する様々な生育戦略を獲得してきました。植物の生き方や不思議を知ることは私達の生活に大きな影響(恩恵)を与えてくれるのです。優れた能力を持ったイネ科芝草類は、都市やその近郊の公園、緑地の芝生として、あるいはスポーツ競技場等のフィールドとして活用されるのみでなく、荒廃した農地や環境修復にも大きく貢献しています。普段目立たない芝や草ですが、その個体生態や生育戦略を理解することは多くの環境問題の解決につながっているのです。
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