ICタグの普及を展望する

プライバシー保護などに課題

東京情報大学 総合情報学部 情報システム学科講師(システムデザイン研究室)

大見 嘉弘(おおみ よしひろ)

主な研究テーマ「使いやすさを重視したソフトウェアに関する研究」

近年、IT分野でICタグが話題となり、実用化真っ只中となっている。このICタグについて、特徴や応用例、そして普及への条件について解説する。

ICタグとは?

ICタグは、RFIDタグ、無線ICタグなどとも呼ばれる、無線通信技術を使った小型の装置である。図1にICタグの写真を示す。大きさは、クレジットカード大が標準的、小さいものは1o四方以下のゴマ粒大と言われるものまである(日立のミューチップが有名)。

ICタグは、読み取り機器との間で無線通信を行い、ICタグに書かれているデータを伝えることができる(種類によっては書き込みも可能)。個々のICタグにはそれぞれに唯一の番号が振られている。このため、ICタグを色々なモノに貼れば、モノの固体識別が容易に行えるのである。

ICタグは、21世紀を迎えてから話題となったが、実は1980年代には製品化されていた。最近になって量産技術の向上で低価格化が進んだことと、性能が向上したことにより急速に注目を浴び始めた。現在のICタグの価格は、1個30〜100円程度であるが、1個5円以下のICタグを開発する経済産業省のプロジェクトが完了し、今年中にも発売される見通しである。将来的には1個1円を切ることが期待されている。

ICタグの種類

ICタグは、アクティブ型(電池内蔵)とパッシブ型(電池なし)の2つに分けられる。価格が大幅に下がっているものはパッシブ型である。アクティブ型は電池を内蔵させるコストが大きく低価格化が難しい。

パッシブ型は、読み取り装置から発せられる電磁波を受け、それを電源として動作する。電磁波で電源供給と通信を同時に行うという高度な技術である。電池交換の必要がなく半永久的に使えるが、通信できる距離が短い。これに対し、アクティブ型は通信距離が長く(10ロ以上)、各種センサーを内蔵するなど付加機能をつけやすい。

ICタグは、使用する周波数やタグの大きさ等により通信距離や特性(金属や水分の影響、指向性等)が大きく異なるため、用途に合った方式を選定することが重要になる。

ICタグの応用例

ICタグには様々な応用例がある。ここでは、一般の方々の日常生活に関係する例を中心に取り上げたい。

<セルフレジ(自動清算システム)>

ICタグをバーコードのように全ての商品につけ、レジをなくしたいというアイデアである。バーコードと違い、ICタグは直接見えなくても電波が届く範囲であれば読める。また、同時に複数枚のタグを素早く読むことができる。

理想的には、買い物カゴを読み取り機搭載の台に置くだけでカゴの中の商品を認識し、電子決済により自動的に支払いまで可能となる。ICタグをもれなく読む技術や万引き行為の防止方法など克服すべき課題は多いが、実現すればレジ待ちの行列がなくなるだろう。

<食品トレーサビリティ>

昨今の食品の安全性に対する懸念の高まりから、生産者情報や流通管理情報を公開する事例が増えている。このような仕組みを実現するためにICタグを用いる実験が相次いだ。例えば、スーパーでICタグを貼った野菜を装置にかざせば、生産者情報が画面に現れるシステムなどである。書き込み可能なICタグを用いれば、生産者のみならず、流通経路や配送中の温度データなど、生産者から店頭に至るまでの情報をICタグに記録し、消費者に提供することが可能となる。

<家庭内で使う>

バーコードは通常、商品を買った後は使用されることがない。しかし、ICタグはバーコードと比べ大量のデータを格納できることや、読み取りが自動で行えるため、買った後に家庭で有効活用できる。

例えば、ICタグに対応した冷蔵庫が考えられる。冷蔵庫にICタグ読み取り機能を内蔵し、庫内にどんな食品が入っているか自動的に把握できれば、例えば、庫内の食品だけでできる料理のレシピを表示できる。また、ICタグに賞味期限情報が入っていれば、期限切れが近い食品について警告する機能も搭載できる。

さらに、将来あらゆるモノにICタグがつけば、家庭内で探し物をする時に、ICタグでモノを認識しモノの在り処を調べることも可能になるであろう。

<子供の安全を守る>

子供の誘拐事件が後を絶たない。この対策として、登下校時や校内の防犯にICタグを用いる事例が増えている。子供にICタグ(電波が遠くまで届くアクティブ型が主流)を持たせ、学校に出入りした時刻を記録、ビデオカメラと併用し、ICタグを持っていない者が学校に入ると警報が鳴るシステムが開発されている。

<個人を認証する>

上記は個人の安全のためにICタグを所持する例であったが、個人を認証するためにICタグを用いる用途もある。例えば、パスポートにICタグを内蔵させ、認証に必要な情報を記録することが検討されている。

また、社員証や学生証にICタグやICカードを導入する例も増えている。我々の研究室では、ICタグを用いた出席管理システムを試作した。教室の出入口に読み取り装置を設置し、授業開始と終了時にICタグをかざせば出席と判定する仕組みである。しかし、単なるICタグでは、他の学生に貸すことでいわゆる「代返」の恐れがある。この対策として我々は、学生がICタグをかざす時に顔を自動的に撮影し、照合するシステムを開発中である。将来的には顔認証技術を用い、代返と疑わしき行為を自動検出することを目指している。

<インタフェースとして用いる>

ICタグを新たなコンピュータとの接し方として使う研究がある。我々の研究室では、ICタグを用いたクイズゲーム(図2)を製作し、大学祭で披露した。4つの選択肢から答えを選ぶ際に、対応する4つのぬいぐるみのうち1つを台に置く。ぬいぐるみにはICタグが埋め込まれており、自動的に読み取って正誤を判定する。

このゲームはパソコンでキーボードやマウスを用いて入力する行為を、ぬいぐるみを台に置く行為に置き換えただけである。しかし、参加者の多くは、通常のゲームと異なる新鮮さを覚えていたようであった。近年、コンピュータへの入力といえばキーボードとマウスという具合に画一化されすぎた感がある。また、パソコンに限らず携帯電話やDVDレコーダ等の操作が複雑な機器が生活に入り込んでいる。これらの問題を打ち破る手段の一つとして、ICタグに期待している。

プライバシーの問題

以上のように便利なICタグであるが、社会に広まった時に問題を起こす可能性がある。特に懸念されているのがプライバシーの問題である。

例えば、すべての商品にICタグがついた時代の通勤電車内を考えてみる。小型の読み取り装置を持った者が自分の持ち物についたICタグの情報を勝手に読み取る恐れがある。例えば、下着にICタグがついていれば、どんな下着を着ているかが分かってしまう。このため、ICタグを取り外す方法や、機能を無効化できるタグが考案されているが、上述した冷蔵庫の例のようなICタグならではの利点が失われてしまう。

このように、プライバシー保護を強めるほど、ICタグが持つ利便性が薄れるという傾向がある。解決策が数々提案されているが今のところ決定打はない。今後の技術革新によって解決されることを期待したい。

ICタグ普及の鍵

ICタグが普及するには、特にプライバシーとコストの問題が鍵になりそうである。

プライバシーについては、ICタグがどういったものかを一般の方々に周知し、過度の不安を生じさせないことが必要である。周知不足になると世間に不安ばかりが広がり、せっかくの普及の芽が削がれ、遺伝子組替食品のような不幸な結果となる恐れがある。

コストについては、従来の製法では近い内に限界が生じそうである。1個1円を目指すには、有機半導体技術が有望と見られている。従来の無機半導体は製造過程が複雑でクリーンルームで製造しなければならない。しかし、有機半導体は印刷技術の延長で製造することができ、製造コストを大幅に削減できる可能性が高い。有機半導体はまだ基礎研究段階であるが、実用化への期待が大変高まっている。

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