ジャンボブドウ種なし化の研究

「藤稔」粒売りで消費拡大の起爆剤に

東京農業大学 農学部 助教授 (農学部厚木農場)

石川一憲(いしかわ かずのり)

主な研究テーマ:「4倍体ブドウの無核化に関する研究」

著・監修:「小さな庭でも実がつく家庭果樹の育て方」(成美堂出版)

      NHK「趣味の園芸」園芸ダイアリー「家庭果樹」欄担当

現在、種なしブドウへの消費者ニーズが高まり、より大粒で酸味が少なく適度な甘さを好む傾向に変化してきている。このような状況下で、消費指向に適合するブドウ品種として極大粒で紫黒色の「藤稔(ふじみのり)」が注目されている。一粒が30g以上となる藤稔は数粒ないし一粒売りが可能で、消費拡大の起爆剤になることが想定される。

ブドウ栽培に植物ホルモンの利用

植物ホルモンは多くの細胞に対して極めて低濃度で特定の制御機能を果たす低分子の物質である。農業分野では作物の生育を調節することを目的に多方面に利用され、ジベレリン、サイトカイニン、オーキシン、エチレン、アブシジン酸の5種類がよく知られている。特に果樹栽培では生育促進による生産性や品質向上にジベレリンが利用され、果実や果粒の肥大促進にはサイトカイニンが、また挿し木の発根促進にはオーキシンが一般的に利用されている。

ブドウにおいては昭和30年代にデラウェア品種をジベレリン処理することで種なし化の技術が確立された。この技術は当時の山梨県果樹試験場の岸光夫氏がデラウェアの果粒を大きくする過程で偶然にも種ができずに大きくなることを発見し、わずか数年で日本全国に普及した技術である。この種なしブドウの作出は世界的にも高く評価され画期的な技術として賞賛された。

その後、昭和40年代にマスカット・ベーリーA、昭和50年代には巨峰やピオーネについてジベレリンによる種なし化が検討されたが、これらの品種はジベレリンによる感受性がデラウェアと異なり、特に巨峰やピオーネなどの大粒系ブドウは感受性が高いことからデラウェアと同時期の処理では穂軸が極度に湾曲し、著しく硬化するので商品性の低い果房になり、当時の栽培技術では試験段階で断念せざるをえない状況にあった。さらに、消費形態においても巨峰やピオーネは種あり果でも糖度が高く、大きい果粒になることから種あり栽培が主体で種なし化への関心も一部の栽培地域を除いて低かった。

藤稔とストレプトマイシンとの出合い

藤稔は、神奈川県藤沢市のブドウ栽培農家の青木一直氏が昭和53年に井川682にピオーネを交配して育成された品種で、昭和60年に品種登録された。藤稔は巨峰やピオーネに比べて結実性がよく、1粒が15〜22gの極大粒で着色に優れ、果皮と果肉の分離が容易で食べやすい。また、酸味が少なく適度な甘さで食味のよいことから、最近特徴のある品種として注目され、全国での栽培面積も300haを超え、さらに面積が急増中の品種である。

この優れた品質を持つ藤稔は極大粒であることから巨峰やピオーネに比べて種が大きく、子供の歯に匹敵する大きさの種子が1粒に必ず1〜2個入る。藤稔や巨峰など大粒系ブドウに人気が集中してきた平成以降になると種なしブドウに対する要望が強くなり、種なしでないと高値で売れない状況になった。当初は種を抜き完全な種なし果にする方法としてジベレリンを用いるのが一般的であり広く試みられていたが、こと藤稔に関してはジベレリンの処理濃度や時期を変え数年間試みたが結果は無残なものであり、一房中で必ず3〜4粒に1〜2個の種子が混入したことから、消費者からの苦情が絶えず苦い思い出がある。

なんとしても種子を抜き完全に種なし化したブドウを消費者に提供したい一心でジベレリンに変わる剤がないものかと過去の文献を検索していた時、偶然にも小笠原氏の文献に出合った。文献を取り寄せ読み進むうちに身震いと同時に脳天直下の衝撃を受け、これなら行けると実感した。この文献は昭和60年に広島県果樹試験場研究報告に掲載された抗生物質のストレプトマイシンが巨峰をほぼ完全に種なし化させる内容であった。奇遇かも知れないが、小笠原氏の報告が掲載された昭和60年は藤稔が品種登録された年と一致し、何らかの因縁すら感じた次第である。

このストレプトマイシンを使い、デラウェアとマスカット・ベーリーAについては種なし化の安定生産を可能にし、実用化された。しかし、巨峰では満開日よりも比較的早期にストレプトマイシンを処理した場合、花ぶるい(開花後の著しい生理的落果)が多くなることから開花直前頃が処理の適期とされ、ストレプトマイシンの単用処理では穂軸の伸長や果粒の肥大効果が認められないので、ジベレリンとの組み合わせ処理を必要とした。しかしながら、巨峰ではストレプトマイシンで種なし化した果粒をジベレリンで肥大化させても穂軸の著しい硬化により収穫中や収穫後の輸送中に果粒が脱粒することから、実用化には至らなかったが、近年になり花穂の先端部分をわずか3〜4p程度だけ残す特別な房作りにより脱粒を押さえる技術が確立されたことから、巨峰を含めた4倍体品種の栽培が容易になった。

画期的な効果をもたらすフルメット液剤の登場

平成2年に登録されたフルメット液剤は植物ホルモンの一種であり、有効成分がホルクロルフェニュロン(1―(2―クロル―4―ピリジル)―3―フェニル尿素、商品名;フルメット液剤、以後CPPUと記す)という強いサイトカイニン活性をもつ化合物で、その作用は細胞分裂の促進、細胞伸長の促進、単為結果の誘起、着果促進、休眠芽の生長誘導、老化防止などである。

これらの作用の中でブドウ栽培に活用できるのは着果促進と果粒肥大である。同様な働きを持つ剤としてBA液剤があるが、その活性はBAの約10倍あることから低濃度でも高い効果が期待できるが使用方法を間違うと著しい品質低下を招くことが指摘されている。このCPPUのブドウへの活用法が昭和55年から行われ、ブドウ果粒の花ぶるい防止や果粒の肥大促進に顕著な効果を示すことが多くの試験から明らかにされた。特にマスカット・ベーリーAではジベレリンの単用処理に比べて果粒重が1〜2割増大し、品質に問題のない果房が得られている。しかし巨峰やピオーネではジベレリンに混合するCPPUの濃度を高めると極端な果粒重の増加によって糖度の低下や高酸度、着色不良などの成熟遅延が起こり、品質低下を招くことも指摘されている。

現在、大粒系種なしブドウへのCPPU処理は5〜10 ppmの濃度で満開時ないしは満開後10日〜15日のいずれかの時期にジベレリン(25ppm)と混合して果房浸漬処理する方法が一般的に行われている。

藤稔の種なし化と大粒果作出の試み

藤稔花(果)房に、満開日を中心にそれ以前33日前からそれ以降15日まで数日間隔でストレプトマイシン(SM)またはジベレリン(GA)を単用で浸漬処理した場合の種なし化と果粒肥大を調査した。その結果、ストレプトマイシン処理では、満開日23日前から13日前までの期間に種なし化の感受性の高い期間が存在し藤稔でもストレプトマイシンを用いると完全な種なし化を達成できることが明らかになった。一方、ジベレリン単用処理ではどの時期でも完全な種なし化はとげられなかったが、満開日8日前に86%程度の種なし化が得られた他は種あり果の混入が多く種なし化率が劣った。また、果粒肥大では満開日28日前からストレプトマイシン処理果がジベレリン処理果に比べて果粒の肥大が劣り、その差は満開日8日前から満開日にかけて顕著な差を示した。

ストレプトマイシンで種なし化した藤稔果粒は、ジベレリンで種なし化した果粒よりも肥大が抑制されるので、この果粒を種あり果程度まで肥大させ商品化率を高める必要がある。藤稔や巨峰などの大粒系ブドウではジベレリンの単用よりもCPPUとの混合処理が、より果実の肥大促進と着粒の安定をもたらすことが期待され、また、処理時期では満開後10日後頃の後期処理において著しい肥大促進を示すことが明らかになっている。

藤稔ではストレプトマイシン(200ppm)を前記期間に浸漬または散布処理し、満開時に低濃度ジベレリン(2.5ppm)を処理後、満開10日後頃にジベレリン(50ppm)とCPPU(10ppm)の混合液を処理すると、収穫時には20gを超える種なし大粒果が安定して収穫できた。ジベレリン処理だけでは17g程度の種あり果と同様の大きさの果粒しか得られないことを考えると、CPPUをジベレリン後期に混合して処理した場合が、安定した大粒果の生産になることが期待できた。

しかしながら、藤稔では巨峰やピオーネなどで指摘されているような着色不良や高酸度による品質低下はみられなかったがやや糖度が低下した。この改善策としては光合成産物の果粒への転流不足が考えられるので、果粒への糖蓄積を高めるには早期の着果量調整や受光条件を改善するための夏季剪定などにより、品質面の向上をはかる必要があるものと考えられた。なお、満開時低濃度ジベレリン処理と満開10日後頃のジベレリンとCPPU混合処理は未登録であり、今後、登録の適用拡大が望まれる。

神奈川県の農家で安定生産

平成14年に全国各地で無登録農薬使用から端を発した農産物に対する安心・安全への意識の高まりから、より厳格な規制のもとで登録の見直しや使用方法の基準が作成され、農薬の適正使用を農業者や農薬使用者の責務として義務付ける農薬取締法が改正され、平成15年に施行された。とりわけ大粒系ブドウの種なし化栽培においても、用いる植物ホルモン剤について品種ごとの登録から「巨峰系4倍体・2倍体(欧米雑種)」、「二倍体品種(欧州系)」、「三倍体」など品種のグルーピングに基づく登録の再編成が行われ、経過措置として一部の品種を除きグルーピングによる登録拡大として改訂された。これにより使用可能な範囲が大幅に拡大されたことから、生産現場では品種の特性を考慮したきめ細かな対応がより一層求められることになる。

この使用基準に則して植物ホルモン剤の処理濃度および時期を決め、生産現場である神奈川県大和市のブドウ栽培篤農家の小嶋氏園に裁植されているブドウ藤稔を用いて、平成15年から17年の三年間、種なし化栽培を実施していただいた。その結果、30g以上の種なし極大粒果がいずれの年も安定して生産できた。この極大粒果は一房の着粒を20〜22粒の範囲で摘粒調整した果房から得られたものであり、一房25〜26粒着果にした場合は、果粒の肥大が抑制され20g程度の果粒しか望めないことが明らかになった。

房売りから粒売りへ

一粒が30g以上の極大粒果になる藤稔は従来の房売りではなく、数粒ないしは一粒売りとしての販売が期待できる。この場合、果粒の潜在的な日持ち性を規定するプレハーベスト要因を明らかにして生産現場に活かせば、今までの房売りとは違ったブドウの新しい売り方が可能になるだろう。さらには現在の少量多品目高級化を望む消費者の嗜好性にあった商材として認知されると思う。

特に果物を食べなくなった若年層への粒売り商材はブドウ本来のイメージを根底から覆し、果物の消費拡大の起爆剤になることが想定される。この極大粒果を生み出す生産技術は植物ホルモン剤の利用による果実管理はもとより、枝管理および土壌管理の組み合わせによりすでに篤農家で実証され極大粒果が生産されたことから、今後の需要拡大に対処するためにも安定した極大粒・種なしブドウ生産技術の確立が求められよう。

なお、平成15年4月にブドウ全ての品種でストレプトマイシン(商品名;アグレプト液剤)が使用認可されたことを附記する。

 

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