デンプンも老化する

漆・膠・続飯

中西 載慶 教授東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授 

東京農業大学前副学長。醸造学科食品微生物学研究室。応用酵素学、バイオプロセス学。

東京農業大学第一高等学校・中等部校長。

中西 載慶(なかにし ことよし)

主な共著:

『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

デンプンの2回目は、デンプンの大きな特徴である糊化(α化)について説明します。穀物などのデンプンは、非常に密な結晶構造のため、生の状態では、とても消化されにくい物質です。しかし、この生デンプンに水を加えて加熱すると、密な結晶構造の中に水が入り込み、その組織がゆるみ、ほぐれた構造となります。すると、とても消化しやすいデンプン(αデンプン)となり、食用に適したものとなります。このようなデンプンの物理的変化を糊化(α化)といいます。α化する温度はデンプンの種類により少し異なっていますが、概ね50〜65℃の範囲です。一方、冷めたご飯が、ボソボソとした食感になったり、パンが、時間が経つと固くなるのは、α化したデンプンの組織から水が分離し、部分的に、生デンプンに近い密な構造になるからです。このような現象をデンプンの老化といいます。デンプンの老化は、αデンプンを高温のまま乾燥するか、急速に冷凍することにより防止することができます。これらの方法が、即席メンや冷凍ごはん、その他加工食品に利用されています。また、老化を防止する働きをもつ物質も多種多様見い出されていて、冷めても美味しさが保てるよう市販のおにぎりやその他デンプン食品に利用されています。

α化したデンプンを更に水中で加熱を続けると、デンプン粒の構造が崩壊してゲル状となり透明化します。この時、粘度も急激に増し、接着力も強くなります。この現象を利用して作られているのが、ご存知のデンプン糊です。明治初期までは、デンプン糊は、微生物にとっては格好の栄養源ですから、直ぐに腐敗し、保存できず大変不便でした。しかし、明治28年に、このデンプン糊に防腐剤や香料を添加する方法が考案され、長期の保存が可能となりました。その結果、広く全国で使われるようになったのです。ちなみに、鎌倉時代には、と呼ぶ接着剤が、経巻、仏像、掛物、家具、建具など、主に木製品に使用され始め、江戸時代に至るまで長く使われてきました。今でも、限られた用途で用いられています。とは、字の如く、ご飯を何度も何度もヘラで磨り潰しこねて作ったものです。

ついでに接着剤の話を少しばかり。わが国の記録上の最初の接着剤は、漆といわれています。漆といえば、塗料のイメージが強いですが、古墳時代には、弓や丸木船などに、奈良時代には、仏像や工芸品などに接着剤として多く使われていたとのこと。漆は、ご存知のように、ウルシの木の樹液中に含まれるウルシオールという物質が主成分です。ウルシオールは、低分子の物質ですが、酵素の作用と酸素の存在下で酸化されることにより、多数つながって(重合)高分子の物質となります。その結果、樹液は粘度の高い液体となり漆となります。平安時代になると、動物の皮や骨から作ったも鎧や兜や弓などに使われるようになったとのこと。の主成分はコラーゲンです。江戸時代までは、これらの天然系接着剤が主流でしたが、明治以降は、合成接着剤が登場し、目覚しい進化を遂げています。とはいえ、漆も膠も続飯も存在感を失うことなく一部で使われ続けています。接着剤の歴史にも人間の知恵がまさに貼りついているのです……。

デンプンとは異なり人は老化を避けられませんが、老化防止剤として、儒学者・佐藤一斎のいい言葉がありました。少にして学べば即ち壮にして為すことあり、壮にして学べば即ち老にして衰えず、老にして学べば即ち死して朽ちず。肝に銘じて励まなければとは思うのですが…。次号につづく。

 

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