渋味は変化する

タンニンと赤ワイン

中西 載慶 教授東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授 

東京農業大学前副学長。醸造学科食品微生物学研究室。応用酵素学、バイオプロセス学。

東京農業大学第一高等学校・中等部校長。

中西 載慶(なかにし ことよし)

主な共著:

『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

様々な飲食物の中で、タンニンの化学的性質や渋味や苦味が、その品質評価や嗜好性に大きく関係するものといえば、なんといってもワインです。そこで、タンニンの最終回は、ワインとタンニンの話です。ブドウ果実中のタンニン成分(多種多様です)(※1)は、主に果皮と種子に含まれています。従って、果汁のみを発酵させて造る白ワインでは、タンニン成分は少なく、果皮も種子も一緒に発酵させた赤ワインに特に多く含まれています。赤ワインの渋味(収れん作用)や苦味の主成分は、カテキン、エピカテキン等の低分子物質とそれらの物質が多数重合した高分子のタンニンなどですが、ワインの赤色や赤紫色を示すアントシアニン色素(※1)などにも、苦味、渋味があります。なお、カテキンやエピカテキンは緑茶の渋味、苦味成分としてよく知られている物質です。

ワインは熟成中に過度の酸化状態(多くの空気に触れたり、ワイン中に酸素が沢山溶け込んでいる状態)に置かれると、品質の低下や劣化を引き起こします。しかし、ワイン中のタンニンは、この酸化を防ぐ作用を持っています。言い換えると、タンニン成分自身が、非常に酸化され易い物質なので、ワイン中に溶けている酸素と反応(消費)して、他の物質と結合したり、自らが重合したりして、より大きな分子へと変化していきます。これらの高分子は時間の経過とともに、最終的にはワイン中に溶けていられなくなり、澱(オリ)となって沈殿するのです。この結果は、ワイン中の他の成分の酸化を防止すると同時に発酵直後のワインの強い渋味や苦味を低減することにもなるのです。そして、熟成による「まろやかな味」への変身につながっていくのです。アントシアニン色素も同様な性質ですから、ワインの色も熟成により刻々と変化していくのです。なお、ワインの熟成は、タンニンや色素成分のみならず数千種以上ものワイン中の様々な成分の化学的反応の総合的結果ですから、「色」も「香り」も「味」も刻々と変化していくのです。好ましく変化していけば熟成、好ましくなく変化していけば品質の低下、劣化となるのです。それ故、ワインの熟成は、本当に複雑怪奇、神秘的で、科学の遠く及ばない領域でもあるのです。詳しい話は、いずれまた。

ところで、ワインの酒質の評価は、成分の化学的分析と官能検査により行います。特に、ワインの評価では、成分組成や含量の定量的分析値が、我々が感じる味や香り、色合いなどに必ずしも反映しないので、熟練した経験者による官能評価が、最も重要かつ信頼できるものといえるのです。ちなみに、ワインの官能評価は、主に視覚(色や清澄度)、嗅覚(香り)、味覚(味)、触覚(コクや炭酸ガス感などの接触感)の4つの感覚をフル動員して行います。なお、ワインの評価は、評価する立場によっても異なります。なぜなら、一般消費者、ソムリエ、ワイン技術者では、評価の目的が異なっているからです。ワインの官能評価は、基本的には相対評価ですから多種多様なワインを経験しなければ適切な評価はできません。熟練者になるには時間もお金もかかるのです。

九月は、夏の名残と秋の気配が同居する月。地球の地軸が23.5度傾いているお陰で、日本は1年で4回も季節感を味わえます。素晴らしい限りです。心も体も4回リフレッシュできますから…。次号、ミネラルにつづく。

 

※1 ポリフェノールと総称する。本誌(No. 29、No. 30、No. 31)参照

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