酸っぱいは精巧のもと

エネルギーの源 クエン酸回路

中西教授東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授 (醸造学科食品微生物学研究室)

前副学長

中西 載慶

主な共著:

『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

あまい砂糖の後は酸っぱい話。酸っぱい物質の代表といえば、お酢(酢酸)とクエン酸がよく知られています。最近の健康ブーム、どちらも関連商品が目白押しです。お酢は既に紹介しましたので(2004,10,No17)、今回は、クエン酸を取り上げました。

クエン酸は、ご存知のようにレモンやミカンなどの柑橘類、梅などに多く含まれる穏やかで爽快な酸味の物質です。その語源は中国語で、レモンの一種である枸櫞(くえん)に由来しています。クエン酸は無臭で揮発せず、通常の加熱では変化しませんので料理やお菓子の酸味づけや隠し味には最適です。

クエン酸はなぜつくられるのか? その説明には、生物の生命活動の仕組みを理解する必要があります。生物が生きていくためにはエネルギーが必要で、その基本物質をアデノシン3リン酸(ATP)といいます。このATPを利用して、生物は生命の様々な仕組みを動かしているのです。実は、クエン酸は、このATPをつくる過程で合成されますから生命の基幹物質の1つともいえるのです。まず、生物は取り込んだ栄養分を様々な物質に変換しながら、活性酢酸(アセチルCoA)と呼ぶ物質を生成します。この物質を出発点にエネルギーの獲得(ATP合成)経路が動き出します。下図に示すように、その最初に合成されるのがクエン酸です。このクエン酸を次々と様々な物質に変換しながら、その過程で多量のATPが生産されるのです。この経路をクエン酸回路(TCAサイクル)といい、炭水化物や脂肪などの供給によりこの代謝回路はくるくると永久に回り続け、ATPをつくり続けているのです。この仕組みは、微生物も植物も動物も人間も酸素を必要とする生物は全て同じです。柑橘類のようにクエン酸を蓄積し易いものと、そうでないものとがありますが、全ての生物体内にクエン酸はあるのです。クエン酸パワーなる宣伝もこの回路がよりどころ。ちなみにお酢もこの回路に入ります。生命の根源は、本当にシンプルで精巧、偉大で神秘的、感動的ですらあるのです。

クエン酸は、無色(白色)・無臭の結晶で比較的簡単な構造(C6H8O7)で扱いやすく、水によく溶け、カルシウムやカリウムなどのミネラルと結合しやすい性質です。古くは、クエン酸を多く含む果汁に石灰乳を添加し分離していたので高価で貴重な物質でした。しかし、微生物による発酵法が開発され、最近では、黒かび(Aspergillus niger)を用いて、デンプンや糖蜜から非常に安く大量に生産されています。現在では、飲料、食品の酸味料・保存料としての利用はもとより医薬品、健康食品、化粧品、精密機械や金属部分の洗浄剤、接着剤・樹脂添加剤など様々な分野に広く利用されています。

年の割には、酸いも甘いも噛み分けるほど、ある意味人生経験豊かでなく、せめて、酸っぱい話と甘い話でお茶を濁しているわけで……

次号、酸っぱい伝統食品「梅干」に続く。

×CLOSE