ちょっと悲しい酒

砂糖から造る酒

中西教授東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授 (醸造学科食品微生物学研究室)

前副学長

中西 載慶

主な共著:

『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

古今東西、酒造りには、その国や地域の文化と歴史が刻み込まれています。砂糖の最終回は、砂糖を原料とする代表的な酒、ラムの話。ラムは、西インド諸島(カリブ海諸島)のキュ−バ、ジャマイカ、プエルトルコの代表的な酒で、その生産は16〜17世紀のプエルトリコあるいはバルバドス島で始まったといわれています。ラムは、主に糖蜜(前号で説明したサトウキビの搾り汁から砂糖を取除いた残りの液)を水で薄めて、通常35〜40℃の高い温度で発酵後、蒸留して3〜5年樽貯蔵して完成します。製造法の若干の違いにより色と風味が異なるライトラム、ミディアムラム、ヘビーラムに分類されます。アルコール濃度が高いので、コーラなどで割る飲み方がポピュラーとのこと。ラムの名の由来は、サトウキビのラテン語説、原住民の酔った様子説、英国の海軍大将の名前説などあり定かではありませんが、その発展の過程には、人間の悲惨な歴史が深く関わっています。

17〜18世紀、ヨーロッパでは砂糖の需要が高まり、イギリスを中心としたヨーロッパ諸国は、植民地であった西インド諸島で大規模なサトウキビ栽培(砂糖プランテーション)を展開していきます。サトウキビの栽培には安価な労働力が不可欠で、そのために西アフリカの人々を奴隷として送り込んだのです。ラムの発展は、この二度と繰り返してはならない人身売買と関係しています。つまり、@サトウキビ栽培には労働力が必要。そこでA砂糖を取った残りの糖蜜をアメリカのニューイングランドに運びラムを造る。Bこのラムをアフリカに運んで販売・換金し、労働者を調達し西インド諸島に送る。いわゆる、この「三角貿易」によって、皮肉にもラムが発展したのです。今では、灼熱の太陽、強烈なリズム、浅黒い肌、陽気な人柄を連想させる賑やかな酒、ラムには、ちょっと悲しい過去もあるのです。金儲けや経済性のみを追及すると、人は取り返しのつかないことや非人間的なことを平気でやってしまう。その愚かさは、昔も今も全く同じ、嘆かわしい限りです。

ところで、砂糖から造る酒には、ブラジルのピンガ、奄美諸島の黒糖焼酎などもあります。ピンガはサトウキビの搾り汁をそのまま発酵し、蒸留して造ります。カイピリーニャといいピンガにレモン(ライム)、砂糖、氷などを入れ飲まれているとのこと。黒糖焼酎は、黒砂糖、水、米麹を原料に発酵し、蒸留して造りますが、奄美以外の地域では造ることができません。それは、昭和28年、奄美諸島が米国より返還されたとき、黒糖焼酎造りの実績が評価され、酒税法により、黒糖を原料とした酒類製造が奄美諸島にのみ認められたからです。

旨い酒がちょっとあって、旨い食べ物が少々あって、情熱を傾けられることが少しばかりあって、ついでに、ちょっとお金と暇と友人がいれば、人生最大の幸福。ちょっと欲張りかな? ちょっと、少々、少しばかり、忘れかけている日本人の謙虚さに通じるようで、私の好きな言葉です。

次号、身近な物質8番目「クエン酸」につづく。

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