心酔わせるアントシアニン

ワインの赤色の秘密

中西教授東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授 (醸造学科食品微生物学研究室)

前副学長

中西 載慶

主な共著:

『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

ワイン愛好家が心惹かれるものに赤ワインの魅惑的な色合いがあります。この赤色は、黒色系ブドウの果皮に含まれるアントシアンが発酵中に溶け出しワインに移行したものですが、それだけでは、あの複雑多様な赤色は生まれません。そこで、ポリフェノールの最終回は、この神秘的な赤色の正体であるアントシアニンを取り上げます。

ブドウ果皮のアントシアニンは主に5種類が見出されていますが、いずれも非常に化学変化しやすい性質があり、発酵中、熟成中に、空気中やワイン中に存在する酸素と容易に反応し、つながりあって徐々に大きな分子に変化します(この現象を重合といいます)。重合したアントシアニン分子は、当然重合前の色とは微妙に異なっています。この反応は複雑多岐にわたっている上、反応の進行も全く一様ではありません。つまり、5種類のアントシアニンが発酵・熟成環境の違いにより自由自在に不規則に結合するので、その組み合わせの数も分子の大きさ(重合の程度)も無限大です。つまり、ワイン中には予測不可能な膨大な数の赤色系アントシアニンが存在する事になるのです。

一方、ワインの渋みや苦味に関係する赤色を持たないフェノールやタンニン成分も、アントシアニンと同様、重合し、褐色を呈したり、あらたな着色物質を形成します。厄介なことに、これらの物質もアントシアニンや重合したアントシアニンとも結合するので、当然異なった色合いを生ずることになります。これら全ての反応の結果が最終的な赤ワインの色として目に見えるのです。その上、果皮の5種のアントシアニン含量は、ブドウ品種の違いや果実の成熟度合い、天候により大きく影響され、例え、同一品種のブドウでも、栽培地域や収穫時期が異なれば、その含量も大きく異なるのです。発酵中における果皮からの溶出量も、ブドウの状態、果実の破砕状況、発酵温度や期間、亜硫酸やアルコール濃度、酵母の種類などにも影響を受けます。つまり、ブドウの収穫、発酵のスタート時から、各アントシアニン量が一定でない上に、複雑な化学変化を伴うので、いかに高名な化学者でも赤色の解析は不可能、お手上げ状態となってしまいます。この色はグラスに注がれ飲まれるまで変幻自在に変化しつづけるので、極論すれば、一本たりとも同じ赤色のワインは存在しないことになるのです。結局、自然の恵みと人間の知恵の素晴らしさ見事さに驚嘆しつつ、ワインの赤色を愛で、心酔わせることとなるのです。

ちなみに、ワイン用ブドウの原産地は中央アジアのコーカサス地方、旧約聖書のノアの方舟にも一対のブドウの木が積まれたとのこと、学名を「Vitis ヴィティス」といい「命の木」という意味です。古来より人間にとって大切な植物だったのです。

今年も卒業の季節がやってきました。体力・気力・努力・知力、協力(助け合う心)、これが生きる力、夢と希望を叶える力です。旅立つ若人が、5つの力を積み込んで果敢に現実の社会に船出してほしいと願いつつ、赤ワインで乾杯……

次号は、地球温暖化とも関係する「二酸化炭素」といたします。

 

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