アミノ酸をつくる

トンビをタカにする

中西教授東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授 (醸造学科食品微生物学研究室)

前副学長

中西 載慶

主な共著:

『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

「技術立国」日本には世界に誇れる技術が驚くほど沢山あります。今回のテーマであるアミノ酸製造技術もその一つです。アミノ酸の工業的生産は1950年代後半、旨み調味料としてのグルタミン酸の生産に始まり、現在では多くのアミノ酸が発酵法により生産されています。発酵法の利点は、様々なタイプのアミノ酸生産菌を自然界からみつけることができること。微生物は、短時間で大量に増殖するのでアミノ酸を低コストで生産できることです。ちなみに、我々は未だ地球上の微生物の数%しか確認していませんし、そのまた1%も利用していませんから、偉大な能力をもつ未知の微生物は、我々の周りに、まだまだ無数に存在しているのです。

発酵法によるアミノ酸の工業的生産においては、まず、目的とするアミノ酸を生産する能力の高い菌を自然界から分離します。次に、分離菌を改良して生産力アップを図ります。これが成功すれば、工場規模での生産体制につなげます。しかし、一般に微生物はアミノ酸を自分が必要な量だけしかつくらないように調節機能が働いています。例えば、あるアミノ酸(D,E)が様々な物質(A,B,C)を経て生成されるとします。そのときの細胞内の調節機構の1例を図示します。

細胞内にアミノ酸Eが増加し微生物にとって必要量以上になると、アミノ酸Eが酵素Tの働きを阻害して、その先の反応が進まないように調節し、それ以上アミノ酸Eをつくらないようにしています。ですから、仮にアミノ酸Eを大量に生産させるには、この調節機能をはずせばいいことになります。つまり、酵素Tの活性を高めるか、あるいは酵素Tをアミノ酸Eに阻害されないような性質に変えてしまえばよいのです。また、アミノ酸Dを多量につくりたいならば酵素Wを失活させてしまえばよいことになります。但し、この場合は微生物が生育に必要な量のアミノ酸Eが足りなくなりますから、必要最低量を人為的に与える必要があります。このような菌の改良は突然変異を利用して行ないます。

一方、アミノ酸Eが、どんどん細胞外に漏出してしまえば上記のような反応阻害はおきません。グルタミン酸生産がこの例で、培養法の工夫により、細胞内のグルタミン酸をどんどん細胞外に漏出させることにより、反応はどんどん進み、その結果、培養液中に大量のグルタミン酸が蓄積されるのです。微生物もすごいが、研究者・技術者もすごいのです。

残念ながら、人間は微生物のように突然変異で簡単に能力アップは図れません。でも、努力と気力と体力で、トンビがタカになることはできますから……

アミノ酸は今回で終了です。次号は「ただいま思案中」。

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