質の高い大学教育推進プログラム

地域再生・活性化の担い手育成教育

学生たちの可能性を引き出す

 

東京農業大学国際食料情報学部食料環境経済学科(アメリカ・EU農業研究室)教授
立岩 寿一(たていわ としかず)

1953年長野県生まれ。東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。

専門分野:アメリカ農業、アメリカ稲作史、移民史

主な研究テーマ:国際経済と食料・環境・農業問題、先進国の食料・農業・環境問題等

主な著書:食料環境経済学を学ぶ(筑波書房)共著

平成20年度文科省「質の高い大学教育推進プログラム」(教育GP)に、東京農大が取り組む「地域再生・活性化の担い手育成教育」が採択された。これは、国際食料情報学部食料環境経済学科を中心として、現代日本の社会的課題に挑戦し、その解決に向けた能力を有する学生を育てるプロジェクトである。

失われていく地域活力

「食料・農業・農村白書」等々でも指摘されているように、わが国の農業・農村では高齢化・過疎化や農地の荒廃等が進行している。地方圏郡部の高齢化率は全国平均で25.2%と高い水準になり、耕作放棄地率は全国平均で10.1%、関東・東山では15.7%、四国・九州では18.7%に達し、中山間地域を中心に増大しつつある。そのため地域活力が失われ食料生産だけでなく景観保全や伝統文化維持等も困難になってきた。特に中山間地域では国土保全機能や水源涵養機能等が著しく低下し集落機能そのものの維持が難しい「限界集落」が多くなり、地域再生・活性化対策が大きな国家的課題となっている。

他方、わが国の食料自給率は39%(穀物は27%)しかなく、昨今の国際的な食料問題の発生に鑑みても輸入に頼った食料確保体制の改善が急務となっている。政府は食料自給率改善のため平成27年に自給率45%を達成しようと計画しているが、現状ではさらなる努力が必要である。また残留農薬、BSE、食品表示偽装等の問題から、消費者は安全で安心な食料の提供を求めており、内閣府の調査によれば約70%の人が日本の食料自給率は「低い」か「どちらかというと低い」と認識している。

さらに「食育」教育により食への関心は高まっている。かかる社会的状況を憂慮して政府は各種の地方活性化施策を行っているし、農林水産省も昨年から全国の耕作放棄地調査を実施しその解消に努め、食料自給率改善に向けて更なる施策を実施している。

この様な状況下、大学教育の中でこれらの問題を的確に分析でき解決に向けた取り組み能力を持った学生を育成し、社会に送り出すことは、現代の社会的課題でありまた農学系総合大学たる東京農業大学及び食料環境経済の汎用知識を有する学生を育てる食料環境経済学科の社会的責任でもある。

長野県長和町を舞台に

今回採択された「地域再生・活性化の担い手教育」は長野県長和町を舞台に行われる。長和町は、過去5年間で約6%(500人)も人口が減少するという急速な人口減少、過疎化がすすんでおり高齢化率は31.9%、耕作放棄地率も36.5%にのぼる。その数値は全国平均を大きく上回り、町内には「限界集落」も登場している。「地域再生・活性化」が特に求められており同町も各種取り組みを行ってきた。長和町のこの現状は、日本各地の山村の現実でもあり、東京農大の活躍が求められている現場でもある。同町は、町民団体と行政による「地域活性化のための東京農大教育支援協議会」の設置、農地・事務所の確保等、本プロジェクトによる学生教育への積極的な支援・協力をしてくれている。

食料環境経済学科との関係では、平成5年から担当者ゼミ、研究室と「長和町林業後継者グループ」の森林体験交流、大学祭での同町特産品販売交流を継続し「地域再生・活性化」に協力してきた。同グループは平成6年にこの交流により林野庁長官賞を受賞している。また平成16年からは食料環境経済学科2年の集中授業「フィールド研修(一)」を実施してきた。

社会貢献の意識・能力を

本プログラムの教育目標は「食料」、「環境」に関する課題の解決に向けた現状分析と問題解決手法を教育し、「地域再生・活性化の担い手育成」を実現することにある。そのため、第1に中山間地域の耕作放棄地や遊休荒廃地を活用して特産品である和紙原料を生産し、伝統文化の維持をはかり、それらを通じて日本社会の奥深さとサスティナビリティー(安定性)等を学生に理解させ、社会貢献の意識を醸成する。

第2に耕作放棄地や遊休荒廃地を活用して自給率の低い作物を生産しそれを「地産地消」に供し自給率向上に努める。第3に森林資源の維持により地域社会の全体的環境保全をはかり、学生の環境保護に対する具体的取り組みを教育する。第4にかかる取り組み全体を通して学生の自己実現を実感させ、多様な自己表現のできる学生を育成する。第5にこの教育を通して地域再生、地域活性化に活躍できる人材の育成をはかる。このようなことを実施していく。

これらの取り組みに学生が参画し、実行するという総合的な教育を行うことで、各種の能力開発をはかる。学生は、第1に地域と食料問題、環境問題、地域再生・活性化等に関する現状分析の手法を学習でき、第2にそれらの課題・問題の解決方法を学習できる。第3に耕作放棄地の活用や伝統文化の維持のための教育から地域社会の総合的プランナーとしての手法を学習できる。このような学習の成果として「地域社会の分析能力」、「地域活性化の企画能力」、「地域活性化の実施能力」、「食料資源の活用能力」、「環境保護の担い手能力」、「グリーンツーリズムインストラクション能力」、「都市と農村の交流の担い手能力」等の能力を涵養できる。

これらは、食料自給率向上や自然環境保全、地域再生・活性化等という全国的な課題の解決に応えるための重要な能力であり、その育成は本学・本学科の理念とカリキュラムの特徴の反映としてとらえられよう。

 

初実習に学生48人が参加

本プログラムを実践するため、本学は長和町と連携協力協定を結んだ。

また、昨年11月14〜16日にかけて、48名の参加学生を得て地元住民10名の指導の下に荒廃農地の草刈りと地域の歴史資源の活用の第1回実習が行われた。当初の参加学生予定数は20名だったが、本プログラムへの学生意識の高さが伺われる実習であった。

本年は更に1〜3月に3回の実習が予定されており、本学への地元の期待も高まっている。学生教育の更なる充実と東京農大の社会的責任を果たす実習になるものと確信している。

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