白頭山天池

                     

               猪俣道也

(東京農業大学・教職学術情報センター)

白頭山(Paektusan)火山は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と中国国境に聳え立つ火山で、中国名は長白山(Changbaishan)である.筆者は1992年からの北朝鮮の地質の研究過程で19988月に白頭山に昇り、天池の水を飲む機会を得たので、概略を紹介する. この火山については朝鮮民主主義人民共和国科学院・人文科学院(1993)は、総合的調査報告書を出しており、Peak et al.(1996)では地質を中心に報告している. また、最近、中国側からの研究成果として劉若新等(1998)の報告も出ている.根本ら(1998)は、この火山から日本に飛来している火山灰調査の成果を地質学雑誌の口絵で報告している.この国の地図は入手困難であったが、ソ連軍参謀本部(1997)の5万分の1の地形図が最近利用できるようになった.

さて、1998820日(木)白頭山に向かう為、平壌のホテルから飛行場へ行き、双発のプロペラ機で9時に離陸、約1時間後の105分に三池淵飛行場に着陸する.ここは高度1400mの標高である.白頭山の溶岩台地は1000m前後の標高の台地で、中国領まで含めると広大な広がりがあり、三池淵飛行場も台地の上にある.ここから白頭山を遠望できる.白頭山の天気は高山のため極めてうつろい易く、晴れそうな時を見計らって山頂にのぼらないとカルデラ全景を見ることができない。天候が良く、雲がきれているとの連絡を受け、午後、自動車で白頭山に向かう。前日も雨が降ったそうである。途中の道路のあちこちに水溜まりが見られた。また、白頭山の代表的な火山噴火物である浮石が流されて、道路脇に溜まっていた。途中、森林限界を超えたあたりから、頂上が見えるようになる. 現在の森林限界線は大まかにいって2000mであるが、道路沿いには埋没炭化チョウセンカラマツの樹幹が認められる.大きな埋没樹木は2200m付近でも見られた。途中、海抜高度2055m地点で、12世紀の初めに噴火した時に埋没した樹木を観察。山頂までケーブルカーも設置されているが自動車道も通じており、我々は乗車したまま山頂に行ってしまった。山頂での気温は9℃だったが、中国側から吹く西風が大変強く、カメラを持つ手が凍える。石碑のある場所の高度はバロメーターによると2740mであった。天池の水の色は濃い青色で、空の青と斜面の植物の緑と湖畔の浮石の白色との対比ができ素晴らしい景色であった。天池は噴火口の全面積の約45%を占めており、湖岸の地形の傾斜は急傾斜である.天池の湖岸直径は約2kmである.従ってカルデラの大きさは、前号の三宅島の雄山陥没火口径(約1km)の約2-3倍である.今回、東側斜面に設置されているロープウエイで天池の東側の湖畔に幸運にも降りることができた。このロープウエイは4人乗りのゴンドラ5台が連続してついており、20人+20人が昇降できる形になっている.乗客は我々だけで反対側には乗る人がいなかった為、降りる時は順調な速度で降りれた。しかし、観察を終えて帰る時に昇りのゴンドラに乗客はいるが、降りる方のゴンドラは空なので上昇の途中で止まってしまった。ゴンドラの窓から下を見ると恐怖を覚えるような高い急斜面の途中で約3分間(318分から)という短い時間だったが動きが止まり、不安な時間を過ごした.湖畔は山頂ほど風は吹いていないが天池の水面には白波が生じていた.それほど高い波でないが白波が生ずるのは天池の特徴で、湖岸に浮石が打ち寄せらている。手持ちのバロメーターによると湖畔の高度は2200mを示していた.500m降りたことになる. 湖畔の水温は12.0℃(岸辺の10pぐらいの深さ)だったが、山頂では凍えるような状況だったので天池の水を温かく感じられる。湖水は口に含んでも無味無臭であった。湖畔から東方(降下してきた岩壁)断面を第2図に示す.主として粗面岩〜流紋岩質の岩石と凝灰岩である. 劉若新等(1998)は天池付近の炭化木の多量の14C年代をまとめ、1215年前後に大噴火が有ったとしている.最近の噴火は1702年4月14日で「宣粗実録」に山頂噴火の様子が生々しく記録されている(丁興旺、1982. 従って、火口湖としての天池はこの後形成されたことになる.火口湖なので、天池には魚類は棲息していなかったが、1968年頃からニジマス、イワナなどの稚魚の放流が毎年、億匹単位で行われた。しかし、長い間、その姿を見ることができなかった。それが1990年代になって、人の腕ほどに育ったものが、獲れるようになった。中朝国境地帯なので湖畔には軍隊が常駐している。そこで湖畔での観察を終えた後、彼らに交渉し、体長20cmほどのイワナを数匹わけてもらい、その日の夕食に美味しく味わった.

白頭山の地形・環境のデータを、第1表に示した. 最低気温 –47.5℃から最高気温18℃で、霜は7月上旬から8月上旬の1ヶ月間だけ降らない.また降雪は9月〜6月頃までである.従って、天池の湖水面も寒冷期には1.5mほどの厚さで全面氷結する.中国側の二道白河(松花江の支流)へは、長白瀑布から4.2 m3/secで流出している. 湖水面の垂直方向の最大振幅は1.67mで5月上旬が一番低く、7月下旬から8月初めが一番高くなり、流入・流出量はほぼ均衡関係にある. 流入量には、湖畔の2箇所に湧き出す温泉(40℃〜70℃)も含まれる.

 なお、司 空俊朝鮮大学校教授には同行・各種の配慮をして頂いた.ここに記して感謝申し上げます.

文献

朝鮮民主主義人民共和国科学院・人文科学院, 1993 白頭山資料集. 

 日朝友好資料センター. 449.

ソ連軍参謀本部, 1997 最近北韓5萬分之1地形図 全2巻 高麗書林. 東京. 400p.

Paek Ryong Jun,Kang Hyong Gap and Jon Guk Pu, 1996 ed., Geology of Korea. 2nd Ed.

Foregn Languages Books Publishing House.  Pyonyang.  630. 

劉若新・魏海泉・李継泰等, 1998 長白山天池火山近代噴発.  科学出版社. 北京. 159p. 

根本直樹・田中和夫・田中克人, 1998 朝鮮民主主義人民共和国から見た白頭山. 地質学雑誌 ,104,8、口絵.

丁興旺、1982 白頭山天池.  地質出版社. 北京. 115p.

 

1図 白頭山天池周辺の地質(Paek Ryong Jun et al.,1996)

1: Pumice, 2: Obsidian, 3: Rhyolite and rhyolite-trachyte,

4: Trachytic aggromerate and tuffs, 5: Trachyte, trachydacite,

6: Spine,tower, 7: Craters, 8: Hot spring, 9: Structural line.

2図 白頭山噴火口東側側壁の層序(朝鮮民主主義人民共和国科学院・人文科学院, 1993

1表 白頭山の地形・環境

2表 白頭山天池概況

表紙写真

噴火口の東(Peak Hyangdo)側から西に向かって撮影。対岸は中国で、天池の湖水は二道白河(右側の凹地)に流れ出る. 対岸の左側の火口壁の地形はカールを示す. 

 

白頭山天池の東端の湖畔から見る東壁(第2図に対応)。

画面中央にロープ・ウェイの鉄塔が見える.下部の建物が天池駅

Last updated on June 5, 2002.