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春の八重山探訪

博士前期課程2年 嶋本習介

1日目

 飛行機からボーディングブリッジに一歩踏み出した途端、重く蒸し暑い空気が体を包み込んだ。

 3月某日18時、南ぬ島石垣空港。小島先生の運転するレンタカーに乗り込み、私の3度めの八重山調査が始まった。今回の調査期間は12日間。石垣島からはじまり、西表島に渡島後、もう一度石垣島に戻る。移動日を含め、両島を半分づつの日程で回る計画である。今回はどんなカメムシたちと出会えるだろうか。そして、目的の種はサンプリングできるだろうか。

 この調査遠征のメンバーは、小島先生、石川先生のお二人と、野生動物学研究室で両生爬虫類を研究している学部生のHさんの3名からなる石垣島・西表島調査プロジェクトの面々に、私を加えた計4名である。石川先生とは2日後に西表島で合流予定なので、当面は3名での行動となる。

 食材の買い出しと宿のチェックインを済ませ、まずは夕食。

 昆研おなじみの「後閑うどん」は、お肉や玉ねぎ、にんじんなどの具材をにんにくがたっぷり効いたかけつゆで煮るパワフルな一品である。もっとも、今回はうどんではなくそうめんだ。これからの調査計画などを話し合いながら麺をすすったのち、夜の調査に出発した。

 この日は曇天、気温は23度近く、高湿度、加えて微風と、ライトトラップにもってこいのベストコンディションである。今まで、春の琉球では暴風や寒さでライト日和のためしがなく、こんなに良い気候は初めてだ。今日は絶対にライトをすべき日と確信した。パッキング時にかなり迷ったものの、ライトセットを持ってきたのは正解だった。

 前回石垣島を訪れたのは2年前の初夏。その際に好成績だったポイントにてセットを設営し点灯。時刻はすでに23時を回っている。今回のライトで狙うのはサシガメの仲間を中心とした草地性のカメムシである。さぁ、来い。

 私がライトを焚いている間、先生らは調査場所の下見のためのナイトドライブに出発していった。両生爬虫類の調査にドライブは欠かせない。健闘を祈る。

 ライトを点灯してほどなく、たくさんの小蛾やハエ、コウチュウが集まりだした。これは、良い。その日のライトトラップの当たり具合は、開始すぐでだいたい分かるのだ。









 

 

 ほどなく、最初のサシガメが飛来。ヒゲナガトビイロサシガメのメスだ。そこからは、約2時間後にバッテリーが干上がるまで途切れることなくサシガメの飛来がつづいた。予想通りの大当たりだ。

 しかし、それらのほぼ全てがヒゲナガトビイロサシガメであり、他にはシロスジトビイロサシガメとトゲサシガメの2種がわずか数頭飛来したのみであった。前回はクロボシサシガメやセマダラサシガメなども飛来したポイントにもかかわらず、である。虫の飛来は予測不能で不思議である。ともかく、大満足の成果だった。

 その後は軽くナイトルッキングを行ったのち就寝した。



なぜかデイゴにいたヒラタ。



ツマグロコハナコメツキか。美麗なコメツキである。

2日目

 昨日の曇天が嘘のように晴れている。暑い。最初の調査地までは車で数十分。まずはトラップの設置を行う。

 実は、出発前日の21日の夜、私はほとんど寝ることができなかった。衝突板トラップを制作していたのだ。

 衝突板トラップはFIT(flight interseption trap)とも呼ばれ、地表近くを飛翔する昆虫の採集に用いられる。地面に透明な板を立て、飛んできた虫がそこにぶつかると、下に設置されたトレーの保存液に落ちて採集される仕組みだ。甲虫類、特にコガネムシやハネカクシなどの採集に用いられることの多いトラップであるが、林床に棲むカメムシ類にも威力を発揮する。

 いつか試してみたいトラップであったものの、制作、設置の手間から、今までなかなか踏ん切りがついていなかった。そのため、今回はFIT初挑戦。うまく成果があるか不安である。



この場所には2基の衝突版トラップを設置した。
クリアファイル、園芸用支柱、食品トレーでできているので安価で丈夫。

 ヌカカの猛攻のなか、浅知恵ながら虫の気持ちになりきり、ここぞというところに設置した。

 その後、林道を歩きながら調査を続け、時刻はあっという間に日没。まずまずの成果とともに宿に戻った。目的としていた不明種もなんとか1頭採集した。



セマルハコガメの死体。



 

 宿には昨夜後閑うどんとともに作っておいたカレーが待っている。炊きたてのごはんとともに平らげる。ささやかな休息ののち、Hさん指揮のもと、夜のプロジェクト調査と両生爬虫類観察のためにドライブへ。

 北部の林道ではナイトルッキングを行った。



マルゴキブリ。初めて見た。重厚感がある。

 ドライブ中、イワサキセダカヘビと遭遇した。カタツムリ食の蛇として名前に聞き覚えがある程度だったが、かなり珍しいものだそうである。貴重な出会いであった。

3日目 西表へ

 午前9時。今日も快晴だ。荷物をまとめ、石垣港の離島ターミナルへ向かう。次の調査地は西表島。こちらも2年半ぶりだ。たくさんの荷物を抱え高速船に乗り込む。

 海にはうねりが少しあり、それなりに揺れる船に乗ること1時間弱。うっすらと酔いつつ西表島に上陸した。

 宿泊先に挨拶を済ませ、浜辺で石川先生の到着を待つ。



サキシママダラが死んでいた。

 まだ入るには寒い海も、足を浸けるにはちょうどよく、心地よい。のどかな時間である。ヒルギの種子が波間を漂っている。

 ほどなく、はるか遠くに白い波頭が見えはじめた。ぐんぐん近づくそれは、石川先生の乗った高速船だ。船は上原港に着岸。準備ののち調査を開始した。

 まずは水田で水生昆虫を採集する。



 

 その後、島の東部まで移動。道中の電柱には数羽のカンムリワシの姿が見られた。日程のどこかできちんと写真におさめよう。

 夕方には浜辺での調査を行った。

 

 

 海岸林のモクマオウから得られたのはNagustoides liiというサシガメである。先生指導のもと、ビーティングでなんとか採集した。
オスはごく稀に落ちる一方でメスは最後の最後まで得られず、根性で叩いた最後の「泣きの一本」の樹でようやく姿を見せてくれた。雌雄で形態差があり、メスは腹板の側縁が三角に張り出すのでかっこいい。

 西表の宿では、偶然にも、農大の世田谷キャンパスの研究室のご一行と同席することとなった。彼らは植物の調査に入られているとのことだ。挨拶ののち、ともにテーブルを囲みご飯をいただく。
 今日の夕食はミートソースパスタにサバ缶のスープ、サラダ。健康的だ。

 夜は昆虫調査をお休みし、大潮の磯へ。風が強く、肌寒い。これぞ春の八重山の夜だ。最大干潮の夜の海。タイドプールを覗きこみ、ハナビラダカラやウズラガイといった貝類との出会いを楽しんだ。岩の下にはイボイワオウギガニやスベスベマンジュウガニなどのカニたち、私には同定できないが、ギンポやハゼ、ボラ?の仲間などの魚類がいる。白地に黒いドット模様のきれいなウツボも。
 そして、磯にもカメムシはいる。高速で水面を駆けるケシウミアメンボを何度も目撃したものの、目の粗いたも網で採れるものではなく、歯がゆかった。先生は金魚ネットでしっかり採集されていたようだ。

 



街灯下にて。ミドリスズメである。美しい。

4日目

 「では、16時にこの場所で。」約束ののち、ひとり林道を歩いていく。今日は他のメンバーと別れ単独調査だ。

 出会い頭にキジバトが飛び立つ。朝10時、今日も良い天気だ。未舗装路に歩みを進める。思ったよりもきれいな路面で歩きやすい。リュウキュウマツの林を抜け、林道は広葉樹の森に入った。時折開ける視界に、西表の山の深い稜線が美しい。空には何らかの猛禽類が飛んでいるのが見える。

 林にはたくさんの材が転がっている。しかし、分解速度が速すぎるのだろうか。私の探し求めるヒラタカメムシが好むような材は多くはない。ひたすら当たりの材を探していく。

 側溝の水溜まりにはアメンボの仲間が数頭泳いでいた。よく観察すると、マツヒラタナガカメムシを捕食している。そのエサごと採集。



別個体。

 道沿いには小川や湿地帯もあり、景色は大きく変化する。湿地では足踏み採集を行ったり、林道に面した崖の水の染みだしのルッキングも行ったが、特筆するような虫は得られなかった。



 

 そうこうする間に時間は過ぎ、待ち合わせの時刻に。先生がピックアップに来るまで、しばし路上で仮眠をとる。あちらのプロジェクトの成果は上々だろうか。

 車で帰りがけにお刺身やさんに寄り、刺身とかまぼこを購入。今日の夕食は八重山そばだ。沖縄には、コーレーグースという、島唐辛子を泡盛で漬けた名物の調味料があり、これがベストマッチだ。

 この日の夜はプロジェクト調査。水田には、コミズムシの仲間がたくさん。昼間は高速で泳ぎまわるコミズムシたちも、夜ならば動作が比較的緩慢に思える。じっくり撮影させてくれる。



コミズムシ類とゲンゴロウの仲間の幼虫。右端の一匹はミジンコのような何かを摂食中。

 対して、昼も夜も変わらず素早いのはゴミムシ類で、止まるということを知らない。根気よく撮影を続けるが、眠たいピントの写真が量産されていく。つくづく、自分の研究している虫の動きが緩慢で良かったと思ってしまう。



 

 石川先生がヤエヤマヒバァを発見。Hさんの見たかったヘビのひとつであるそうで、奇声とともに見たこともない素早さで捕まえていた。Hさんの異常なまでのヘビ愛にもとづくヘビトークを聞かされ続け、だんだんヘビに興味が出てきてしまった。



ヤエヤマヒバァ。美しい。

 ちなみに石川先生はヘビがあまり好きではないそうだが、この旅ですでにもう何本もヘビを見つけてしまっている。我々もカメムシを布教しなくては。

5日目

 朝8時、世田谷の研究室のOBおふたりの車に乗り込む。小島先生と私の二人は今日、彼らに案内していただき登山をする約束なのだ。西表島での登山にはとても憧れていたものの、今まで実現できていなかった。あいにくの曇り空が残念ではあるが、とても楽しみだ。気温もそんなに高くないが、登山にはかえって楽な気候だ。

 目的地はk岳。滝が有名なコースである。法令を遵守し、採集はしない。外周道路沿いの駐車場には一台も車がなかった。

 登山道に入りアダンの林を抜けるとすぐ、広葉樹林に植生が変わる。木が特段太いわけではないが、良い植生に見える。1時間弱歩き渡渉の連続を抜けると、じきに名物、ナメ床の一枚岩が現れた。ツルツル滑る岩を慎重に登る。長靴のグリップが心もとない。

 岩盤にはポットホールがたくさん形作られいていて、水面をタイワンシマアメンボが泳いでいる。よく見ると、壁面にはゲンゴロウもいる。美しい種だ。触ってもほとんど泳がず、壁面を伝って逃げる。呼吸の際もあまり泳がずに水面まで上がってくる。急流に流される危険の伴うポットホールでの生活に適応しているのだろうかとも思ったが、後日調べると、さまざまな環境で見られる普通種とのことであった。どうやら私の考えすぎのようだ。



アトホシヒラタマメゲンゴロウだろう。

テナガエビの一種。

 淀みではセイシカのピンクの花が水面に散り、なんとも美しい。なおも歩みを進めると、大きな滝が現れた。高低差から、水は細かいしぶきとなる。マイナスイオンがすごい。
 休憩ののち、迂回路の急登を抜け、滝の上部へ。絶景だ。からっとした風が心地よい。登っているあいだに、雲がだいぶ薄くなっていたようだ。

 同行のお二人曰く、ここまでの道は数年前に比べ驚くほど改善されたらしい。昔は道なき道状態だったそうである。今では真新しいピンクテープもあり、少々分かりにくい渡渉地点以外では迷うことはないように思える。

 滝を越えるととても美しい渓流が続く。着生シダの仲間やヤエヤマオオタニワタリが見事だ。源流部の趣きたっぷりの沢沿いを、景色を楽しみつつ歩いてゆく。

 休憩しつつ1時間弱、最後の急登が始まった。肌で分かる高湿度、林床は常に湿り、シダ類で覆われている。登ること15分、尾根筋に出る。いままで登ってきたのは北側の湿潤な沢。尾根筋に上がったとたんに植生が大きく変化し、リュウキュウチクがあたりを覆っている。あまりの激変ぶりがおもしろい。地理院地図を取り出す。ここまでくれば、山頂はすぐそこだ。

竹林では、アイフィンガーガエルを2個体観察した。

 山頂は竹が刈り払われている。眺望がよく、東~南方面がひろく見渡せる。霧がかっていて視界は良くないものの、時折、外周道路や集落、島々が見える。案外近くに見える小浜島や黒島。北東~東に大きく広がるのは石垣島だ。ヤラブ岳が見える。周りの山々を見渡すと、今登ってきたのと同様、リュウキュウチクに植生が変化するラインがあるのが分かる。興味深い。

 下山時に、ヤマネコのものと思われる狩りの跡を見つけた。後日、リュウキュウコノハズクの羽だと教えていただいた。

 下山中、ナメ岩の表面のヌルヌルした藻類に足をとられた。うわあああ!などと情けない声をあげながら、なすすべなくそのまま岩盤を滑り、ポットホールにドボン。我ながら綺麗にはまった。左足股関節まで浸水、じゅぽじゅぽ言う長靴にテンションが下がる。

 しかしその後は何事もなく下山し、石川先生らにピックアップしてもらった。8時間の登山行であった。外周道路の道中、デイゴの花が美しく、思わず車を止める。

 夜はタイカレーだ。タイから輸入しているタイプの粉で、激辛だった。牛乳でマイルドにしたが、まだ辛い。ひーひー言いながらなんとか完食。これでも、昆研で鍛えられたおかげか、昔よりは辛いものに強くなったと思っているのだが。

 昨夜に引き続き、この夜もプロジェクト調査。
 前日、あまりにも動きすぎるため心が折れて撮影しなかったオオミイデラゴミムシの撮影に挑戦した。根気よく待てば、止まってくれる一瞬があることに気づいた。その一瞬にビシッとマニュアルでフォーカス…と、言うは易しである。この日もピンボケ写真の山を築き、ようやく見られる写真が数枚。



車に轢かれたスクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)に群がる。

 石川先生はまたヘビを見つけた。サキシママダラだ。先日も死骸を見つけたとおり、八重山では最も普通に見られるヘビである。



ヤエヤマハラブチガエル。Hさん発見。美しすぎる。ひと目惚れ。大好きなカエルになった。



およげ!コガタノゲンゴロウくん。

6日目

 朝の高速船で石川先生がお帰りになられた。出発予定時間にぎりぎり間に合う時間に飛び起きたが、もう宿を出られたあとでご挨拶できず、残念だった。

 この日も朝から曇天である。小雨もぱらつき、あまり雲行きがよろしくない。しかし、小島先生とふたり、今日も登山の予定である。目的の山は、こちらも滝で有名な山。以前、滝までは行ったことがあるものの登頂はしていない。楽しみだ。雨もぽつぽつ降るが、登山を決行する。



カタツムリたちは元気いっぱい。



どんこしいたけに見える。

 山道に入り、幾度かの渡渉ののちクロツグの合間を抜けると、照葉樹林帯だ。道の勾配は徐々に険しくなる。下山中のハイカーの方と出会い、立ち話をする。上で雨に降られさんざんな思いをしたらしい。



八重山のオオキノコムシは珍品ぞろいである。
ムモンチビオオキノコは最もよく見られるが、それでも、それなりに珍しく得難い種だ。

 山頂への道中では、珍しいサシガメと出会い感激した。私にとって憧れのサシガメである。幼虫だったので、生かして持ち帰ることにした。うまく飼えるだろうか…。

 滝までの道はごく簡単。途中、ツアーの方々何組かとすれ違った。ガイドさんはサンダルばきだ。さすがである。滝の上でおにぎりを食べ、しばし景色を楽しむ。岩盤の上にはヒシバッタがおり、時折ゆっくりと歩いている。

 

 蒸れた長靴を脱ぎ捨て、小さな滝に足をつける。冷たく清涼な水が気持ち良い。

 さて、そろそろ登山の時間だ。滝方面と山頂方面の分岐へ戻り、山頂に向け歩みを進める。尾根筋を登っていくルートである。尾根筋の植生はツルアダンやリュウキュウチクが中心だ。この日はそよ風がなびく程度だが、高木はほとんどないことから、かなり風が強いときもあることがうかがわれる。一方、時折現れる平坦な箇所では、スダジイやイジュなどの林が広がっている。

 

 昨日の山のアップダウンと比べると、だらだらと高度を稼ぐ印象だ。事前情報ではかなり歩きにくいとのことだったが、案外スムーズに登れる。こちらの登山道もかなり整備されたのだろうか。

 視界が開ける。船浦、上原の集落が良く見える。
 興味深かったのは、かなり標高を上げた山頂間近の地点にも平坦な土地があり、沢が流れていることだ。地理院地図上には示されないごくごく小さな沢であるが、流量は十分だ。時折、こちらに驚いたカエルが跳ねてゆく。追いかけたいがあまりに早く、つい見送ってしまう。

 まもなく頂上、というところで天気が急変、どしゃ降りとなった。慌ててカメラをしまい、ザックカバーとレインウェアを取り出す。とんでもないスコールだ。ひいひい言いながらもなんとか登頂する。時刻も早くはなかったので、雨に追われるように早々に下山。行きに道だったところが総じて水溜まり、川、滝に変化している。そしてこんな時に一番元気なのがヤマビルだ。あれよあれよとのぼってくる。長靴は早々に浸水し、もっぱらヒル避けのために履いているようなものだった。



サキシマヤマビル。本土のものとは模様が異なる。



道中でみられたセマルハコガメ。美しい亀だ。

 下山する頃には雨も止み、18時頃に宿舎に戻ることができた。

 夕食にゴーヤチャンプルーと春雨サラダをいただく。チャンプルーはスパムに島豆腐、沖縄感満点、味付けも格別。ツルツルの春雨とともに、疲れた体を癒してくれた。

 エネルギーが回復したところで、夜はどしゃ降りのなかナイトルッキングへ。我々と同日程で来島していた後輩のグループと合流し、調査。私はひたすらヒラタカメ撮影を行った。

 

7日目

 朝からプロジェクトの調査を行う。私はプロジェクトにがっつり関わっているわけではないので、冷やかし程度についていきながらモクマオウをビーティングするなどしていた。先日採集したサシガメ(Nagustoides lii)の新規ポイント開拓目的だったが、かなり努力したものの採集できなかった。こちらにはいないのだろうか。
 それにしても心もとない天気だ。

 昼過ぎに先生と近くの林道へ。先生はビーティング、私はビーティングとガサガサ採集だ。
 アシナガサシガメ類やトビイロサシガメ類などに属する草原性のサシガメの多くの種は、チガヤやススキの根際を主な生活の場としている。そのようなイネ科草本群落を「ガサガサ」とかきわけ、サシガメを探すのがこのガサガサ採集である。こんもりと茂ったチガヤ群落をかきわけ、サシガメを探す。アシナガサシガメ類の幼虫が見られた。

 

膝くらいの高さの群落をかき分ける。

 なおもガサガサを続けていると、体長5センチ程度だろうか、まだ子どものセマルハコガメが林道に現れた。驚かせてしまったようだ。今までに出会ったなかでトップクラスに小さい個体で、とてもかわいい。心なしか、成長した個体よりも甲羅の模様が濃いように思える。



子亀。君の未来に幸あれ!

 ガサガサ採集はルッキング中心の採集である。サシガメをはじめとする草原性のカメムシ類、ゴミムシやクモにくわえ、時にはカメなど色々ないきものが現れる、サプライズ感の強い採集法なのだ。

 午後はどしゃ降りで、思うように作業できずに終了した。

 夕食はつゆの素が余っていたので八重山そば。この前とはかまぼこを変えてある。私が大好きなかぼちゃの煮物もメニューにねじ込んだ。こちらは、めんつゆと砂糖とともにレンチンするだけのお手軽レシピだ。

 夜は某林道での調査である。この日も前日と同様、後輩たちと合流した。天気はなんとか持っているものの肌寒い。アウターを持ってきて正解だった。
 先生はゾウムシのナイトルッキング、私は枯れ木を探しながら歩く。

 菌類がついた立ち枯れ下面にはたくさんのゴミムシダマシなどの甲虫がいる。特に珍しいものはいないものの、じっくり観察すると面白い。ちょこまかと動き回るキノコゴミムシダマシ類の動きがコミカルである。
 ここではケシキスイを採集。ケシキスイ研究で名を馳せる、OBのIさんに献上予定である。勝手にイニシャルを出したが、Iさんはこの文を読むだろうか…まぁ、気づくまい。こうして他の人の虫にも注目して採集を行うと、今まで見えなかった微環境も見えてくる気がして面白い。このような、情報や研究サンプルの交換も後の楽しみのひとつである。

 

 

 林道では美しいサキシマカナヘビがシダの上に佇んでいた。一眼で撮影する間もなく逃げてしまった。

 林道の轍の水溜まり、そんな不安定な水域を好む中型のゲンゴロウといえば、オオイチモンジシマゲンゴロウである。この林道は3年前に本種を採集したポイントなので、注意して水たまりを眺める。すると、黒い影が水面に呼吸に上がってきた。やはり、いた。格闘するも、なかなかつかまえられない。車に金魚ネットを取りに戻るのはめんどくさいので、水溜まりから水をかき出す作戦に移行する。ようやく5割ほどかき出せたというところで、すぐ横の水溜まりからHさんが別の個体を採ってくれた。とても綺麗なゲンゴロウなんだ、と力説しておいたのだが、残念ながら彼女の琴線には触れなかったようだ。ありがたく頂戴する。当然(?)写真を撮ることはできていない。



コロギスの仲間。

 深夜2時頃宿に戻った。帰りの車中ではしっかり寝てしまった。世田谷の面々が今朝がた島を去ってしまったので、宿は真っ暗だ。静けさのせいか、なんだか宿が広く感じる。

 夜食に刺身と、島らっきょうの甘酢漬けをいただく。島らっきょうはどうしても食べたかったので満足だ。めんどくさい下処理を手伝ってもらったHさんに感謝。対価として見合う味だとは思う。

8日目

 朝の便で小島先生をお見送り。人数がだんだん減っていくので寂しい。朝食も急に質素になってしまった。



カンムリワシ。無事撮影できた。

 この日は某地点にて、カエルの観察の案内を頼まれている。目的のカエルはコガタハナサキガエル。可愛らしく、また、美しいカエルである。私はカメムシのほうで用があるポイントなので一石二鳥。もっとも、そちらに関してはかなり絶望的で採集できる気がしない。

 

 4人でポイントを目指すこと数時間。それなりにしんどい。「絶対にこのポイントより楽に観察できるところがあるはずだ」とは、昨夜、ポイントの案内を約束した時点で念を押して伝えてある。どうか許してほしいと願いつつ、黙々と歩き続ける。

 

 ポイントに到着し、カエルのほうはなんとか2頭を発見。無事に観察することができた。見事なカエルである。



緑色が強い個体ばかりだった。ぱっちりとした目がキュート。

 皆様方が満足したところで、今朝がたスーパーで買った島バナナを頬張る。あっさりとした甘さで、同行者の「リンゴっぽい」との評価も頷ける。とても好みの味だった。
 夕方すぎまで山中で過ごしたものの、結局こちらの目的のカメムシとは出会えずじまい、惨敗であった。分かっていた結果ではあるが、悔しい。



ヤマネコの糞。その傍らにはヒシバッタの一種。



アイフィンガーガエルの卵塊。同行の後輩が見せてくれた。

 宿につくころにはもう21時。そうめん中心のディナーで、西表最後の夜を〆た。

9日目 再び石垣へ



早朝、芝生を横切るズグロミゾゴイ。

 朝焼けが美しい。移動日は何故か良い天気だ。襲い来る睡魔と闘いながらパッキングを済ませ、高速船の時間に合わせて宿をチェックアウト。しかし悲しいことに、乗ろうとしていた10時半便には間に合わず、昼の便に変更した。
 ルートビアと、初めて見る「やんばるくいな」アイスを頬張り、ゆったりとした時間を過ごす。やんばるくいなアイスは、ごく普通の美味しいチョコアイスだった。

 昼の便が到着し、惜しみながら離島。海が凪いでいたので、ヤマネコ研究で著名な安間繁樹先生の「西表島探検」を読む。前日に上原のスーパーで購入したのだ。読み進めると、鬱蒼とした西表の森の情景が目に浮かぶ。島を発ってまだ数十分だが、もう西表に戻りたい。絶対にまた来よう。
 船に弱いくせに読書をしたため、石垣につくころにはしっかり船酔いしてしまった。つくづくアホだ。



海保の巡視艇。

 石垣島ではプロジェクト調査の手伝い、とは名ばかりの冷やかしをしたり、林道を流して調査をして過ごした。

 



またズグロミゾゴイ。今度は幼鳥。

 残り日程はもう二日、タトウは多くのカメムシで順調に埋まっている。遠征も最終局面だ。



 



田んぼには多数のヤエヤマイシガメがいた。昼間はどこに隠れているのだろう。

10日目

 前日の約束どおりHさんを宿に残し、ひとり調査に出る。気持ちいいほどの快晴だ。じりじりと肌を焼かれる。ただ、朝に炒め物の味付けをミスったのがショックで、気分はあまり上がらない。なんだあのしょっぱい小松菜炒めは…。

 事前の下調べで目をつけておいたておいた林を登っていく。それなりの急坂が続く。粘土質の赤土はツルツル滑り、足をとられる。帰りの下りは登り以上に疲れそうだ。西表での登山中にいやと言うほどスリップして転んだので、もう転びたくない。
 林は深く、かなり太いスダジイがそこここに見られる。幹に開いたうろにサシガメがいないか探すが、そう簡単にはいかないようだ。タバコは吸わないし、殺虫スプレー類の持ち合わせもない。ルッキングだけだと分が悪い、ということにしておこう。ヒラタカメムシは順調に採れているのでまぁ、よしとする。

 午後にはFITの回収に向かった。不安と楽しみが半々のまま、トラップを確認していく。保存液の逆性石鹸、オスバン水が品切れで調達できなかったため質が劣化しているものの、それなりに虫が入ってくれたようだ。
 回収する途中で中身をちらっと見て驚いたのが、羽のないヒラタカメムシが複数頭入っていたことだ。歩いていた個体がどうにかして落ちたのだろうが、そうしてFITに落ちるほど、林床を移動徘徊していることがとても興味深い。実はかなり活発に移動しているのかもしれない。
 ちなみに、後日ソーティングしたところ、目的のテングサシガメもしっかり採集できていた。初めてにしては上出来ではないだろうか。甘い評価だが、ともかくとても嬉しい。

 イシガキトビイロセンチコガネがFITで採集された。ムネアカセンチコガネ科に属し、臨床をハエのように飛び回る生態を持つ。2年前の調査では、飛翔中の個体をネットで掬って採集するという、スポーティーかつ根性論的採集法、所謂「千本ノック」で数頭を採集している。今回はFITにたった1頭だが入っており、まだ生きていた。ということは、幸か不幸か、トラップの保存液に入れた界面活性剤は雨で流出しているようだ…。さておき、美しい虫だ。控えめな頭、胸の角につぶらな瞳が愛らしい。掴むと鳴くのはムネアカセンチと同じである。



夕暮れの田んぼ。

 夜はマックスバリュのお惣菜と残りの炒め物、その他。なんとなく豪華に見える。それにデザートにミスドでドーナツを買った。贅沢だ。この夜もひたすら林道流しとナイトルッキング。夜はあっという間に更けていく。



美麗種、アカバチビキマワリモドキ。

11日目

 昨夜の調査はほぼ朝帰りであった。本遠征も10日を過ぎ、さすがに疲労が抜けきらない、という言い訳のもと12時起床。プロジェクト調査の手伝いの傍ら、草地でのガサガサ採集によるカメムシ探しやら鳥の観察などをしこの日の調査を終えた。

 

ヤエヤマサソリ。今回は小さな個体ばかりが目についた。

 今までの日程でそれなりにノルマをこなせていることもあり、心に余裕がある。この原稿を書いている途中で気づいたが、日程を消化するに従い、明らかに虫の写真の撮影枚数が減っていっている。どうやら、思っていた以上にかなり体力を消耗していたようだ。



 

 荷物の発送などを済ませ、最終日なので豪華な夕食をとる。その後、深夜には島北部の林道を流した。昨夜果たせなかった目標のリベンジの意味でもあったのだが、今日も敗退。最終日マジックは起きなかった。

 

外来コンビ。



ヒメアマガエル。

 

12日目

 朝の便で石垣を発つ。例によって、空港に着くのがギリギリになってしまった。各所へのお土産を選ぶ暇もなく手荷物検査へ。次に来たときにじっくりたっぷり選ぼう。世間含め、もろもろの事情がすべて落ち着いたら、また来たいと思う。快晴の空が名残惜しい。空席が目立ちガラガラの飛行機が羽田へ向けて飛び立つ。心なしか軽やかな離陸に思えた。

 同行を許して頂いたお三方、現地でお世話になった、宿の皆様はじめ地元の方々に厚く御礼申し上げます。

ーーーおしまい。  

バナースペース